玄関先でのお出迎え ページ41
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「 ……あの、暇なんですか 」
「 丁度近くを通りがかっただけだよ 」
「 嘘ばっかり 」
「 細かいことは気にしない。どうせ目的地は同じでしょう? 」
「 …… 」
どこで情報を入手しているのか、私がオフィスに出向く日は、決まって河村さんが玄関先まで迎えに来てくれるようになった。
でも、一応形は恋人だから合鍵だって渡している筈なのに、彼は絶対中には入ってこない。
いつも私が出てくるまで蒸し暑い廊下で待っていてくれる。
今日も額に汗を滲ませた彼は、陶器のように白い腕でそれを拭う。
容姿がそう錯覚させているのか、こういう動作がいちいち色っぽいからこの人と居ると大変目のやり場に困る。
「 今日はやけに暑いな 」
「 マスクのせいでは? 」
「 出来ることなら僕だって外して出歩きたいものだけどね。声はかけられたくないから 」
「 ……陰キャ 」
「 なんか言った? 」
「 空耳です 」
これ以上墓穴は掘らまいと口にチャックをし、すたすたと河村さんの前の突き進む。
こういう時は大抵逃れれば勝ちだ。先手必勝、先手必勝。
後から追い付いてきた河村さんとエレベーターに乗り込んで、地上に降り立つ。
梅雨が明けた外はすっかり真夏だ。しかもコンクリートは鉄板と化している。
この世は人間を美味しくこんがり焼き上げる気なのだろうか。
「 ……夏って嫌ですよね。引きこもりにとってデメリットしかない 」
「 引きこもりなんだ? 」
「 こう見えて生粋のインドア派ですよ 」
「 人は見かけによらないな。頭は陽気な茶髪なのに 」
「 これしか変わる方法が分からなかったんですよ 」
何度も染め直して傷んできた髪を指先で弄ぶ。
昔の私にはそんな度胸もなかったから、ずっと黒髪で過ごしていた。その方が何倍も楽だったし、なにより髪が傷まない。
けれど変わっていく周りからは圧倒的に置いていかれていた。
だから大学デビューするときに思いきって髪を茶色に染め上げた。
恐らくこの状態で同窓会なんかに出席したら、誰も私だって気づいてくれないんじゃないだろうか。
「 ふーん。染める前の君も、きっと美人だったんだろうね 」
「 ご想像にお任せします 」
サラッととんでもない事を言うこの人にも少しだけ耐性がついてきた。
それだけもう、私はこの人と一緒に居るのだ。
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作者名:朝田 | 作成日時:2020年12月3日 19時