【QK】君の世界、私の世界 (ページ35)

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陽炎、そのあつさに。-5 ページ35

皆バラバラの話題で盛り上がっていたのに、何故か”私の笑顔”についてで卓が満たされていく。 

「え、水上、こいつって普通に笑うっけ？」 
「―いやあ、どうですかね」 

伊沢くんが端の方に座る水上くんに問えば、彼はなんとなく―寂しげに笑っていた。 
彼が水上くんに話題を振るのも分かる。
一番付き合いが長いのだから、知っているとすれば彼くらいだろう。 

ちなみに一緒に住んでいる私からしても、弟の笑顔はしばらく見ていない。 
目だけとか、口角だけ少し笑っているなーという時はたまにあるが、歯を見せて笑うような表情は…両親が亡くなって以来、一度もなかった。 

それはそうと―…やってしまった。

 一度笑うと、タガが外れたように全部が面白くて笑ってしまいそうになる。
このゆるゆるの表情筋めっ…。 

「調子悪いと笑うとか？」 
「そのシステムは怖い…」 

河村さんが真面目そうな雰囲気を出しつつ考察を述べれば、興味なさげであった川上くんが律義に反応する。 
たしかに、それはちょっとどうなのだろう。
怒ると笑う…くらいにはサイコパス感がある。

 「A」 

福良さんが、低めに響く声で、名前を呼んだ。 
なんとなく、その声色に嫌な予感がして、戸惑いつつもそちらへ顔を向ける。

 「ちょっと、こっち」 

おいでおいで、と手を揺らす福良さん。
(その仕草にちょっとときめいたのは内緒である。) 

彼は皆が食事をしているテーブルとは違うローテーブルにいたので、そこまで向かう。

 「なんで、」 

すか、と続く予定の言葉は音にならなかった。
―彼がおでこをこつん、とくっつけてきたからだ。

 彼の眼鏡がカシャンと音を立てたのが、遠くに聞こえた。 

「うーん。熱は、確かにないなあ」 

完全に固まった私をさておき、彼は普通に元の位置へと身体を戻した。

 「…なに、福良さんはAの彼氏なの？」 
「マジであの距離感は謎」 

向こうのテーブルで、私の心の声を代弁してくれている伊沢くんと須貝さんが常識人に感じる。 
さすがにこの歳になって、こんなことで狼狽えるのも恥ずかしいのだけれども、許してほしい。 
高校を卒業してこの方、恋愛のれの字もなかったのだから。