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「んー······カイコクくんなかなかやるねー」
薄く微笑んで口許に手を添える彼女。
対局を始めてどれだけ経ったか。
この対局で決めたルールは持ち時間30分、カイコクが先手で彼女が後手。というもの。
なかなかやる、と言われても、先手は一応有利なはずであるし、
それにカイコク自身将棋も祖父にそれなりに鍛えられている。
そう考えると、彼女こそなかなかやると言わざるを得なかった。
微笑んだままパチッ、と駒を進めた彼女にカイコクは一瞬顔をしかめる。
今は拮抗している盤上の戦争だったが、きっと一度のミスでその状況も容易く傾く。
遊びと言えど、負ける気などなかった。もちろん、二人とも。
「あんたも、やるな」
「ふふふ。ありがと。まあ褒められても負ける気ないけど」
負ける気など、ない。
負けるわけには。
『お前は鬼ヶ崎の跡継ぎだ。鬼ヶ崎の名に恥じるような真似はするな』
······こんなときまで、そんな言葉に縛りつけれていることに、
舌打ちを溢した。ギリギリと歯を軋ませた。掌に爪が食い込んだ。
「······カイコクくん?」
“普通”に紛れ込もうとしても、
“普通”を偽ろうとしても、
名の呪いはカイコクを縛る。絡みつく。
どうしようもなく、ムカムカとした。
「姉貴!」
突如横合いから聞こえた声に、はっとする。
そうしてやっと、彼女がこちらの頬に手を伸ばそうとしていたことに気づいた。
心配そうな瞳が揺れて右を向く。
「カズキ······。どうしたの」
同じく顔を向けると、カイコクと同じほどの年頃の少年がそこにいた。
フイッとそっぽを向く少年。
「西野さん、呼んでる」
「······そう」
そっと頷いて、伸ばしかけていた手を戻して立ち上がる。
少年が去り際、こちらを睨み付けた気がした。
「ごめんなさい、私行くね。······無理、しちゃダメだよ」
「っ待て」
出ていく彼女を呼び止める。
振り返った彼女に問いかけた。
「······名前は」
「······新田リン」
柄にもなく、まだこの対局を続けていたかったと、そう思った。
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作者名:花藺 | 作成日時:2018年5月25日 20時