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事件No.1 ページ8







「―――おっと、珍しいお客さんだねぇ」



 彼女との出会いは、それが初めてだった。



 東京大学大学院を中退して会社を設立し、経営も安定して、忙しくも充実した日々を送っていたその年、俺には一つの悩みがあった。簡単に言えば、ストーカーだった。

 不幸中の幸いだったのが、そのストーカーがあまり過激ではなかったこと。
 自宅から会社に行くまでの間と、会社から自宅までを帰る間をひたすらつけられる。たまにポストに宛先不明の手紙が投函される。そんな、ちょっと気になる程度のことしかされなかった。


 逆に、それが裏目に出たこともあった。警察に相談したのだが、実害が無いため動けないと門前払いにされてしまったのである。
 そんなんだから取り返しのつかないことになるんだろ、と愚痴りたい気持ちもあったが、警察だって俺達庶民では分からない、様々な規則や決まりに縛られているのだ。当たるべきは警察ではない。



「ささ、まぁ適当にその辺に座りな。今珈琲淹れてくる。ブラックかい?」

「あ、はい」



 優雅に組んでいた足をほどき、キッチンに向かう女性の背中を横目に、俺は近くの皮製のソファーに腰かけた。


 身内には相談できない、警察も無理。八方塞がりになってしまった俺は、最後の手段として、自宅近くにあったこの探偵事務所を訪れた。室内はモダンな感じで纏められており、仄かに煙草の香りがする。

 煙草は一度吸ったことがある。今は吸っていないので別に欲しいなと思ったりはしないが、どこか懐かしいような気がした。俺のはもう少し、メンソールの香りが強かったな。



「はいよー。ミルクとか砂糖は真ん中置いてるから勝手に取って」

「ありがとう、ございます」



 俺の分と自分の分の珈琲をカップに注いで来た彼女は、目の前にコトリとソーサーを置いた。カップの中の黒い液体の表面が、ゆらゆらと揺れる。近くを通った彼女の髪からは、ふわりとやはり煙草の香りが漂ってきた。

 彼女は俺と向かい合うよう、目の前のソファーに腰かけると、ここに入ったときの様に優雅に足を組んで、珈琲を飲み始めた。ミルクも砂糖もなにも入れていない、完全ブラックの珈琲。


 その頃は丁度ストーカーの件もあってピリピリしていた影響か、俺は彼女の出してくれた珈琲に一切口を付けなかった。今思えば悪いことしたなと思う。







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白菜(プロフ) - 河良紅好さん» ご報告ありがとうございます!助かりました!早急に修正させて頂きます! (2020年6月16日 22時) (レス) id: a14ef8aee6 (このIDを非表示/違反報告)
河良紅好(プロフ) - はじめまして、陰ながら白菜さんの作品を楽しく拝見させて頂いてます。大変失礼ですが、事件No.5の2ページ目の「マーキング」が「マーケティング」になっていました事をご報告させて頂きます。 (2020年6月16日 21時) (レス) id: a18b40da37 (このIDを非表示/違反報告)
るーと - この作品を読むのが最近の密かな楽しみになっています。ご無理をなさらない程度に更新頑張ってください!これからも楽しみにしてます! (2020年6月12日 21時) (レス) id: 300feac1d8 (このIDを非表示/違反報告)
餅兎(プロフ) - 遅ればせながら新作ありがとうございます…! Twitterで設定をお見かけして以来ずっと心待ちにしておりまして、余りのことに学校滅ばねえかなとまで考えておりました。早速背筋の凍るような展開にゾクゾクしております、更新頑張って下さい。 (2020年6月11日 20時) (レス) id: 10f5dc34bc (このIDを非表示/違反報告)
神木(プロフ) - 占ツクを開くたびに更新されてないかなーって確認するくらい更新とても楽しみに待っています!更新頑張ってください! (2020年6月11日 16時) (レス) id: ded004bcdf (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:白菜 | 作者ホームページ:なし  
作成日時:2020年6月9日 19時

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