短編集＊ (ページ28)

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貴方が好きですページ28

「月が綺麗ね」

貴方は笑う。

「そうですね」

俺も笑う。

「そうだわ。こんな夜は散歩でもしましょう」

月に照らされたその顔は、息をのむほど美しかった。

「えぇ、そう致しましょう」

もう一度空を見上げると、月は相変わらず堂々と輝いているのは何故か。

「お嬢様」

なぁに？と微かに笑う貴方を、俺は精一杯抱きしめた。

「……行かないで、とでも言ってくれるの？」

凛と美しい貴方の声。それはまるで鈴が鳴るように俺の心に響き、でもどこか威厳さえあって。
しかし今日はその威厳などなく、ただその声は震えていた。

行かないでなんて、言えるわけがないだろ？なぁ。そうだろ？そうでしょ？

ただ俺はあなたを強く、更に強く抱きしめるだけだった。その細い肢体が折れてしまうほど。…いや、もういっそ折れてしまえばいい。そうすればもう貴方はどこにも行かない。

「月が……美しいですね」

貴方は明日、俺の元から離れていく。

「えぇ……そうね」

今にも消えてしまいそうな貴方を俺は抱きしめる事しかできない。

あぁどうしてだろうか。これから貴方は幸せな道へと進むというのに、あなたを行かせたくはないな。

貴方はこんな月に照らされた夜ではなく、太陽の元で大きく咲き誇る色とりどりの花が相応しい。

だから俺は…。

「お嬢様、どうかお幸せに」

そっと、幾度となく梳いて来た髪であるが…震える手で貴方の頭を撫で、震えるあなたを抱きしめ続けた。

漏れる嗚咽はきっと俺が長年貴方にお仕えしてきたからです。ただ名残惜しいだけです。

そう自分に言い聞かせて、自らが流す涙も、そう理由付けた。

「月が、綺麗ですね」

名を広く轟かせた文豪の言葉が、俺の胸に深く突き刺さった。

涙で滲む視界には、月なんて映ってはいないのに。

ただ二人。

月が消えるまで。

泣き続けた。