ギムレット ページ28
最初は引きずって行こうかと思ったが、雪に埋もれて無理があるので背負った。
大の大人を背負ったのだ。Aが。
その力がどこから湧いてきたのかもわからない。わからないが、Aの目の前で「おいていけ」と言った降谷のあの顔を思い出すと、どうにも足が前に一歩出るのだ。
運良く、彼の意識がある。足に添え木がしてあっても、意識が無ければどうしようか迷ったが、意識のある人間を抱えるのは、それに比べて十分楽だった。楽じゃないけど。
雪に埋もれる足を、一歩、一歩と前に出す。見つけた小屋のような家はさほど遠くない。
着ていた上着で背負った降谷を背中に括りつける。重さに何度も手を付いたし、足は既に棒のようだった。
別に日々トレーニングしているわけではない。筋力には自信がないし、そもそも運動神経は鈍い方だと自負している。
耳まで赤くなるほど、右肺が痛かった。どうしてそうも痛むのか、考えたくもなかった。
背中では降谷が時折ふっと気を飛ばしては、また覚醒を繰り返す。その時に「大丈夫ですかー？」「足痛いですかー？」と声をかけると、自分でも驚く程呑気で間延びした声が出たことに笑ってしまった。
途中、どうにか足跡を残そうと、ポケットに入れていたお陀仏の端末に揺れる降谷のくれた猫のぬいぐるみ……ギムレットを一番見えやすそうな木の枝に引っ掛けた。
あそこについていれば、朝日の光で一番良く光るだろう。その瞳で、誰かを叫び寄せてくれ。招き猫とは言い難いが。
本格的に傾き始めた太陽を忌々しそうに睨み、本来かかるであろう時間の三倍近い時間をかけてその小屋にたどり着いたAは、一度小屋の階段に降谷を下ろすと鍵が空いていないか確認した。
案の定だが、空いていない。家を一周見て回り、ちょっと強引だが窓ガラスを点検してから、窓のサンに乗り、適度な柱を手で掴んで、体制をつくる。
つま先で、思いっきり窓を蹴破った。
今日はなんだか乱暴だな、と笑う。けが人がいるんだ、許しておくれ。
破った窓から鍵を開け、そこから入ると中を確認する。人の気配はしないが、数週間前にここを出たのか、まだ綺麗な薪が陳列していた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 157人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
◎たなは◎(プロフ) - 仕立て屋さん» コメントありがとうございます！ 返信が遅くなりすみません。大変嬉しいお言葉です！ 美味しく楽しく元気よく、これからも仕立て屋さんがもぐもぐされますよう心からお祈りしております。 (2017年6月17日 18時) (
レス) id: 8b768110c2 (このIDを非表示/違反報告)
仕立て屋(プロフ) - 最後の最後で泣かせやがってちくしょうが！（誉め言葉） ついついほろりと来てしまいました。ご飯は感謝して、美味しく食べるのが一番だと改めて思いました。 遅くなりましたが、完結おめでとうございます。またどこかで、伏線等々は供養してあげてくださいませ。 (2017年3月26日 22時) (レス) id: 12a3217b1f (このIDを非表示/違反報告)
◎たなは◎(プロフ) - Razu.さん» はじめまして。コメントありがとうございます！ とても嬉しいです……！ お腹も心も満たせる、そんなきもちをお届けできていたら幸いです。 (2017年3月25日 15時) (レス) id: 8b768110c2 (このIDを非表示/違反報告)
◎たなは◎(プロフ) - 莉子さん» いえいえ、上手とはいえません……！ どちらかというと食べる方が好きです。 (2017年3月25日 15時) (レス) id: 8b768110c2 (このIDを非表示/違反報告)
Razu.(プロフ) - 食事というテーマから、ここまで物語を造り上げられることに、本当に本当に憧れます。これからも応援してます！>< (2017年3月24日 16時) (レス) id: f9eec0b2ee (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：◎たなは◎
| 作成日時：2017年3月15日 22時
