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「ただいまー」
彼女が起きているかどうかは定かではないのだが、一応呼び掛けながら扉を開いた。立て付けの悪い扉は開閉する度にギシギシと音を立てる。
「けもさーん!ただいま!」
「あ、お帰り猫犬。ぐんちょもおかえり」
「ただいま、あとおはよう」
「おはよー」
がたんと部屋の隅に置かれたバケツ。彼女はありがとうと呟いてから一掬いの水を飲む。
重心の位置を変えるだけで軋む床。
色は剥がれて鉄骨が剥き出しの壁。
丸々と肥えたネズミに頬や指をかじられるのも、ボロボロの壁から吹く冷風に身を震わせるのも、社会のゴミ共めと空き缶を投げつけられるのも、もう慣れっこである。それこそが私達の日常なのだ。
「ねぇぐんちょ、ご飯どうしよっか」
「あー……今日は教会行く?」
「日曜だから人いるんじゃない?」
「いや、シスターおるし大丈夫やろ」
「じゃあ決定だね」
明日の無事どころか今日の夕餉の確保すら定かではないというのになんと呑気な会話だろう。
私達は所謂ストリートチルドレンと呼ばれる孤児である。
路頭に迷い、路地で生き、路傍で死ぬ。社会からの認識は専らゴミ。そこらで物乞いなんぞしようものなら道行く人のストレス発散用サンドバッグと化すだけ。
だから私達は教会を利用している。心優しいシスター達や礼拝にくる信奉者の一部が食料に毛布、衣類といったものを恵んでくれるのである。
無論、信奉者の中には主に望まれなかった汚らわしいガキだと唾を吐いてくる連中もいるにはいる。
果てさてどちらが本当に汚らわしいのやら。
「んじゃ行ってきますかね!二人とも留守番お願いなー」
「任せなさい!」
「行ってらっしゃーい」
寒い寒い路地裏の朝。本日二度目の外は先程よりも幾らか暖かみが増しているように感じられる。
冬というだけあって陽光は夏と比ぶればかなり弱い。それでも直視するには眩し過ぎて、私は思わず目を細める。
いつか、あの光をちゃんと見ることが出来るのだろうか。
「はは、阿呆らし」
私が陽の下で暮らせる訳なんて、これっぽっちもないというのに。
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