8 ページ41
.
出て行けとは言いづらいかと思って告げた言葉に、Aは泣き出す寸前みたいにくしゃっと顔を歪ませた。
ベッドサイドに立ち上がった俺は動けないまま、なんだなんだと動揺する。
その一瞬の間に涙をこぼしはじめたAに、『間違えた』と瞬時に悟った。
「またお腹痛い？…違う？」
聞かなくたってわかってるくせに。腹痛のせいで泣いているのではないことは表情を見ればすぐわかる。
痛みに苦しんで泣いているのなら、こんなに悲しそうな顔はしない。
「しょ、にぃ…？」
「んっ、うん？」
泣くのを耐えているのか瞬きの少ない目からボロっと大粒の涙がこぼれてくる。
震える声で聞かれた一言に、「へ…？」と固まったまま言葉に詰まった。
怒って、る…？俺が…？
そんなの、表情にも態度にも出した覚えはない。
でも実際にAはそう感じているわけで、だから、そんなつもりじゃなかった…では弁解できない非が俺にはあるってことだ。
「怒ってないよ。怖い顔してた？ごめんね」
冷静になってみれば思い当たることは、ある。
直感で自覚した過ちはたぶん正しくて、だとすればついさっき間違えないようにと気構えていた正解をさっそく外してしまったことになる。
「少し、話をしてもいい？
ごめん…不安にさせちゃって。怒ってないから。大丈夫だよ」
止まらない涙をごしごし拭うAの手を、握手するように優しく掴んで止めた。
まともに触れたのも、今日はこれが初めてだ。
またぽろっと涙がこぼれた目はなんだか少し眠そうで、体力を使って疲れている上に心労までかけてしまったことを本当に申し訳なく思った。
「Aはこういうことが嫌なのかもなーって、翔にぃ勝手に考えてAのこと傷つけちゃった。ごめんね。
嫌いになったとか、怒ってるとか、そういうわけじゃないんだよ」
早く寝かせてやりたいけどその前に、少し時間をかけてでも丁寧に誤解を解かなければと思った。
俺の気持ちを話しながら頬の涙を指の背で掬ってやっていると、とろんとした目に徐々に瞼がおりてくる。
過剰に慮って変に距離を取ってしまった。気遣うどころか本人の気持ちを蔑ろにして先走って、結果不安にさせるなんて以ての外だ。
「Aが起きるまでここにいるから。約束」
ようやく安心したように頷いてくれた姿に、そうだ成長の仕方はそれぞれなんだと改めて知る。
焦って先回りしなくても後ろから見守るくらいでいいのだと、柔らかい髪を撫でながら思った。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 222人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ちさ(プロフ) - くぅさん» 昔のお話までたくさん読んでくださって、それだけでなくこんなに温かいメッセージまで、本当にありがとうございました。マイペースになりますがこれからもお話を書いていきたいなと思っていますので、その際にはまた遊びに来ていただけたら嬉しいです (2023年4月16日 15時) (
レス) id: e5a26ed64a (このIDを非表示/違反報告)
ちさ(プロフ) - くぅさん» 家族の愛をずっと大事にしてきたつもりなので、この家族について私と同じように感じてくださっていることがとてもとても嬉しくて。文章だと伝えづらいことがもどかしいですが、朝から何度も読み返してしまうくらいに感激しています。 (2023年4月16日 15時) (レス) id: e5a26ed64a (このIDを非表示/違反報告)
ちさ(プロフ) - くぅさん» とちょっと不安に思いながら更新していたので、くぅさんからのメッセージを見てあぁ続けていてよかったなぁと感慨に浸っていました。兄と弟の関係性についてはまさに！兄だけど弟のようで、弟だけど兄のよう、と状況によって立場年齢関係なく支えあえる信頼と絆と (2023年4月16日 15時) (レス) id: e5a26ed64a (このIDを非表示/違反報告)
ちさ(プロフ) - くぅさん» はじめまして、くぅさん。本当に本当に温かいお言葉ばかりで、今朝読ませていただいたのですが寝起きの頭が一気に覚醒するくらいに嬉しかったです。ここ数年お話を思うように書けなくなって、それでも一緒に趣味を共有してくださる方が少しでもいるのなら…と (2023年4月16日 15時) (レス) id: e5a26ed64a (このIDを非表示/違反報告)
ちさ(プロフ) - 琴子さん» 琴子さん！今回もまた遊びにきてくださってありがとうございます。少しでも楽しんでいただけるところがあれば嬉しいです (2023年4月16日 15時) (レス) id: e5a26ed64a (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：ちさ
| 作成日時：2021年6月20日 21時
