【短編】白夜鉄道回送録 (ページ3)

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廊下を歩いていると突然、
手首にズキズキとした痛みが走った。

慌てて袖をめくると、
見た目には何も異変がなかった。

僕は嫌な予感がして、
気付いたら廊下の奥にあるトイレに向かっていた。

「ひかる！」

僕は右手首の痛みを堪えながら、
ドアを開けて光を探した。

光は、洗面台に向かって立っていた。
鏡越しに、俯いた光の長い睫毛が見えた。

「あ、慧、どうしたの？」

「急に手首がズキズキして、それから嫌な予感がして…」

僕が光の右手首を見ると、
そこには赤い線がすっと入っていた。

どこまでも続く赤い糸のように見えた。

「…鏡で切っちゃって」

光は傷跡を見つめると、
割れた鏡の破片を僕に見せた。

「ばか、なんですぐに手当てしないのっ」

「…へへ、ごめんね」

僕は持っていた真っ白のハンカチを、
光の手首に巻き付けて固く縛った。

まだ新しい傷跡のあたりから、
赤い液体がじわじわと白いハンカチを染めた。

「ありがとう、慧」

「光が無事でよかった」

「ただ手首切っただけだよ？」

「それでも光がいなくなるのはやだ」

「慧は優しいね」

光は白いハンカチを巻き付けた右手の親指で、
僕の頬に伝う雫をそっとふき取った。

「やっぱり、僕には慧がいないとだめみたい」

「うん…」

光は八重歯を僕に見せて笑った。
その顔は光だったけれど、
一瞬、知らない人の顔に見えた。

僕の知っている光が、一瞬いなくなったような気がした。