恋になるとき。６ (ページ32)

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支払いをしてる隆二は運転手にも笑顔だ。

岩田さんに向けたような優しい顔。

今日会ってから私には一度も見せてくれない。

鈍器で殴られたような、痛烈な痛みが胸を締め付けた。

タクシーを降りたら頬に冷たい雫がポタリと落ちてきた。

「………雨。」

私の気分そのものだ。

タクシーを見送った隆二は私の脇をスタスタと歩いていく。

その背中を見たら動けなくなった。

なにも言わなくていいから、手を引いてくれるだけで良かったのに……。

背中を少し押してくれるだけでも、素直に着いて行けたのに……。

「…………バイバイ。」

振り向いてもくれない背中にそう呟いて私は走り出した。

涙で顔をぐしゃぐしゃに濡らしながら。

必死に。

走ってるはずなのに、全然前に進んでない。

…………ヒール。

超走りにくい。

＂もうー！＂と心の中で雄叫び。

歩いた方が速いんじゃないかと冷静に思った時、予想通りの展開………

「A！」

隆二が後を追ってきた。

ドラマみたい。

そして私は悲劇のヒロイン。

あれでしょ？後ろからギューって、

「行くなよ。」って抱きしめられるの。

隆二、ベタだぞ！

そんな演出を妄想しながら足を止めようとした時だった。

足元でゴキッと音がして、視界が大きくブレた。

やべっ、と思った時には膝から地面に崩れて鈍い痛みが足に走った。

「い、痛い……」

くじいた足首を見ると、横にはヒールが折れた靴が転がっていた。

「大丈夫！？そんな靴で走るから。」

隆二は驚いた顔をして私の前にしゃがみ込んだ。

すっと差し出された右手。

「…………うるさい。」

「えっ？なに？聞こえなかった。」

いつまでも下を向いたままの私。

「立てる？」

今更そんな優しく言われても嬉しくも何ともない。

「隆二が……隆二が悪いんだよ！」

むしゃくしゃした気持ちをぶつけるように、隆二の右手を思いきり叩いた。

バチンと乾いた音が私たちを包んだ。