花浜匙:冨岡義勇 ページ38
夏の香りが徐々に感じられる初夏。私は浴衣をほんの少したくしあげて縁側に腰をかけた。
ちりん、と風鈴が柔らかな風に身を委ねて音を鳴らす。まるで恋人同士の挨拶のような、穏やかな音色。
読み掛けの本を捲ると、もう10年以上前に作った和紙製の栞が顔を出す。紫色の小ぶりの花──────その名は花浜匙。
「…懐かしいなぁ…」
『将来俺と祝言を上げよう!』深い青の瞳を持った義勇の顔が緊張で強ばっていたのは、今でも思い出すと笑みが零れてしまう。
幼なじみとして幸せに暮らしていたのに、ある日姉の蔦子さんが亡くなってしまった。
涙ながらに『鬼に殺された!俺は見た!』そう叫ぶ義勇の言葉を信じる人はいなかった。信じ難い話だったけれど、義勇の目は本気だった。
私が同調して叫んでも、私まで白い目を向けられ、義勇が親戚の家へ送られる時、親に部屋に閉じ込められてしまった始末だ。
あれから幾年経ったか。彼の行方は今も知れず、どこで何をしているのか。今も生きているのか。
「義勇…会いたいな…」
今ではあの無邪気な笑顔が懐かしい。少し禿げてざらりとした栞の表面を撫でる。
──────ちりん、今度は寂しく、風鈴が返事をした。
ある時、茹だるような厚さの日。その日は朝から蝉が大合唱をしていた。
「…暑い…」
ぱしゃり、ぱしゃり、浴衣を紐で止めて打ち水をする。
今年は猛暑らしく、朝だというのに太陽の光が指しててらてらと焼き付けるようだ。
「…暑過ぎるわ…こんなの…」
半分朦朧とする中で、杓子に水を組んでばしゃり、水を地面へと撒ける。
──────ばしゃ
明らかに地面でない物に水がかかる音がした。恐る恐る顔をあげれば、半身水に濡れた男が呆然とした様子で立っていた。
「きゃっ!きゃあ、ごめんなさい!申し訳ございません…!」
慌てて「何か服ものを」と家に足を運ぼうとする私の腕を、男ががっしりと掴む。
その力に其方を向かされて振り向けば、深い青色の瞳を大きく開かせた、懐かしい面影。
「A──────」
「あ、れ…、ぎ、ゆう?」
名前を呼ぶと義勇は大きく息を飲んだ。ずっと会いたかった彼が、目の前に。
そのとき、異常な暑さも相まって混乱した私はぼん、と意識を飛ばしたようだ。
ふらふらと倒れかかる中、慌てたように手を伸ばす義勇の顔を最後に見た。
388人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
「鬼滅の刃」関連の作品
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
あろま(プロフ) - 謎の桃さん» コメントありがとうございます!好きと言って頂けて嬉しいです!続編の方も是非ごらんください! (2020年1月5日 17時) (レス) id: 3a55b14ac0 (このIDを非表示/違反報告)
謎の桃 - ぐっ…好きです…(死 (2020年1月3日 11時) (レス) id: 54222cb971 (このIDを非表示/違反報告)
美桜 - あろまさん» 分かりました。大丈夫です。 (2019年11月1日 9時) (レス) id: 87339a530e (このIDを非表示/違反報告)
あろま(プロフ) - 零奈さん» リクエストありがとうございます!実弥ですね!実弥らしいお話ですね…!精一杯書きます! (2019年10月31日 22時) (レス) id: 3a55b14ac0 (このIDを非表示/違反報告)
あろま(プロフ) - 美桜さん» リクエストありがとうございます!煉獄さんのリクエスト嬉しいです!ですがすみません、夢主が柱という設定を普通の一般隊士にしたいです。ご了承ください…! (2019年10月31日 22時) (レス) id: 3a55b14ac0 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:あろま | 作成日時:2019年9月25日 17時