竜胆:煉獄千寿郎 ページ30
「Aさん、Aさん」
とんとん、と襖が2回叩かれる。私は彼の着物から顔を離してすす、と襖を開けた。
「千寿郎、くん…」
「…貴女が心配で、様子を見に来ました。大丈夫…な筈、ありませんよね」
千寿郎くんの手には笹の葉に包まれたお握りがあった。「一緒に食べませんか?」と微笑む顔が眩しい。
煉獄杏寿郎が亡くなって2ヶ月経った。
春になったら祝言を上げようと、手を取り合って誓い合った。それなのに、貴方は私を置いて死んでしまった。
(あんまりじゃないですか、杏寿郎さん)
鬼に怒りをぶつけても、どうしようも無かった。なにせ、私は一般人。仇を取るような事は出来ないのだから。
やり場のない怒りと、腹の底から湧き上がる悲しみと憎悪に苛まれる日々。私は心身共にやつれて、家に引きこもるようになった。
そんなどうしようもなく弱い私に、彼の弟の千寿郎くんは時々こうして様子を見に来てくれる。
心配してくれるのはとても嬉しかった。何処までも優しく気遣ってくれることも。
けれど、千寿郎くんの顔立ちは、髪の色は、匂いは、雰囲気は、全てあの人と同じ。
顔を合わせる度に、貴方を失ったあの日を、絶望を思い出してしまうから。
私はずっと貴方の存在に囚われている。
──────まるで薔薇の茨。情熱的な魅力を持って人を虜にする、その一方でいつまでも棘のある茨で相手に巻きついて、無意識に締め上げていく。
「Aさん、…悲しいんですか?」
不意に震えた千寿郎くんの声が耳を掠める。顔をあげればいつの間にか視界が歪んで生暖かいものがぽたぽたと縁側に染みを作っていた。
気持ちを押し込むようにお濁りを無理やり口に含んで見ても、この悲しみも涙も引っ込んでくれない。
ごくり、しょっぱいお握りを飲み込んで俯く私を千寿郎くんはそっと抱き寄せる。
「千寿郎くん…?」
「泣いててください。安心するまで、悲しみが消えるまで」
千寿郎くんも泣いてるのだろうか。ぐす、と鼻を啜る音がやけに耳に響いて目尻が更に熱くなる。
「ありがとう、千寿郎くん…っ」
あぁ、杏寿郎さん。
貴方の弟は、千寿郎くんは、貴方に似てこんなにも優しい。
ほんの一瞬でいいから心に潤いが欲しかった。
だから、同じ匂いと貴方と同じように高い体温の千寿郎くんを、貴方だと自分に言い聞かせて。
杏寿郎さんだと思って、子供みたいに泣いて抱き締めた。
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あろま(プロフ) - 謎の桃さん» コメントありがとうございます!好きと言って頂けて嬉しいです!続編の方も是非ごらんください! (2020年1月5日 17時) (レス) id: 3a55b14ac0 (このIDを非表示/違反報告)
謎の桃 - ぐっ…好きです…(死 (2020年1月3日 11時) (レス) id: 54222cb971 (このIDを非表示/違反報告)
美桜 - あろまさん» 分かりました。大丈夫です。 (2019年11月1日 9時) (レス) id: 87339a530e (このIDを非表示/違反報告)
あろま(プロフ) - 零奈さん» リクエストありがとうございます!実弥ですね!実弥らしいお話ですね…!精一杯書きます! (2019年10月31日 22時) (レス) id: 3a55b14ac0 (このIDを非表示/違反報告)
あろま(プロフ) - 美桜さん» リクエストありがとうございます!煉獄さんのリクエスト嬉しいです!ですがすみません、夢主が柱という設定を普通の一般隊士にしたいです。ご了承ください…! (2019年10月31日 22時) (レス) id: 3a55b14ac0 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:あろま | 作成日時:2019年9月25日 17時