雨と決意 ページ6
女にとっては昨日の今日かもしれないが、杏寿郎にとっては1年間という決して短くはない間だった。
名前を呼んで探そうとしても、名前を知らなければ口に出すことすら叶わない。
杏寿郎の真剣味を帯びた、炎の様な瞳に見つめられ、女はひゅっと息を吸う。
「…ごめんなさい。私、自分の名前忘れちゃったの」
それから酷く申し訳なさそうに瞼を下げてそう言った。杏寿郎はなんだか胸が苦しくなった。自分の名前が思い出せないなんて。
「……これじゃあ、あの人が私の名前を呼んでもわからないよねぇ」
呆れたように、そんな風に笑わないでください。
そう張り付いた喉を動かすと女はキョトンとしてから「ありがとう」と微笑んだ。
その日は門限の直前までいた。杏寿郎は分かっていた。次会えるのはまた一年後、今日と同じ日。
手を振り続けた。何度も何度も。見えなくなるまでずっと手を振っていた。女もずっと、傘の下から手を振り続けていた。
まだ齢11歳の杏寿郎は決意した。次会う日まで、恥ずかしくないように心身共に鍛えようと、そう誓った。
雨は夜中まで振り続けた。今もあの場所でまだ帰らない人を待ち続ける女の事を思いながら杏寿郎は灯を消して床についた。
杏寿郎は成長した。身長はぐっと伸び、以前より筋肉もついた。
文武両道を極め、学問の方でも上位の成績を収め、剣道も「才がある」と父にも褒められた。
弟にも武芸と勉学を教えられるようになった。自分と歳の離れた弟は従順で可愛かった。
「兄上！どこに行くのですか」
女の元へ行く支度をしていると、後ろから弟の声が呼んだ。
「少し用事だ！門限には必ず帰ってくるから父と母にそう伝えておいてくれ」
今日も雨。ポツポツとした、小さな雨。
傘を手に、杏寿郎は走り出した。
女の元へ向かう最中、道端に綺麗な花が咲いていた。
喜んでくれるだろうか、そう思い、杏寿郎は花を摘んで濡れないように胸へとしまった。
女はいた。
その姿に杏寿郎の胸は早鐘を打ち出し、足は早くなる。
正面から駆けてくる杏寿郎の姿に気づくと、女はまた嬉しそうに手を振った。
「おはようございます」
「おはよう、杏寿郎くん」
杏寿郎は女の隣に立つと、胸元から先程の花を取り出して差し上げた。
「道中で見つけました」
「あら、素敵なお花」
ありがとう、と目を細めて女は花を見つめた。首を少し斜めにしたとき、またちりん、鈴が鳴った。
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あろま(プロフ) - ネコ２世さん» コメントありがとうございます！コメント遅くなってすみませんでした…！今までで1番と言って頂けて嬉しいです！こちらこそ読んで下さり本当にありがとうございました！ (2019年11月15日 18時) (
レス) id: 3a55b14ac0 (このIDを非表示/違反報告)
ネコ２世 - 完結おめでとうございます！最後、主人公と煉獄さんで現世で再会出来て本当に良かったです！今まで様々な夢小説を読んできましたが、一番好きな作品です！書いてくださりありがとうございます！ (2019年11月2日 20時) (レス) id: 6d89e33ad2 (このIDを非表示/違反報告)
あろま(プロフ) - ukiさん» コメントありがとうございます…！丁寧で素敵なお褒めの言葉光栄です…！そう言って頂けて本当に嬉しいです！これからもよりよい作品が作れるように尽力していきます！ (2019年10月25日 19時) (レス) id: 3a55b14ac0 (このIDを非表示/違反報告)
uki(プロフ) - 完結おめでとうございます。ただただ、最高の一言につきます。他作品も読ませて頂いておりますが、あろま様の文面が繊細で自然と涙が溢れておりました。自分自身が清くなれた気がします。これからも応援させて頂きます。ありがとうございました。 (2019年10月25日 1時) (レス) id: b46c65ea42 (このIDを非表示/違反報告)
あろま(プロフ) - 仍さん» コメントありがとうございます！読んで頂いた上に素敵なコメント嬉しいです…！私もこのコメントに幸せな気持ちになってます…！これからも頑張ります！ (2019年10月20日 22時) (レス) id: 3a55b14ac0 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：あろま
| 作成日時：2019年9月3日 16時
