雨傘の下で君を待つ【煉獄杏寿郎】

雨と摩訶不思議 ページ5

それから何日、何週間、何ヶ月と時が経っても女は現れなかった。


それでも杏寿郎は稽古の帰り道、左の道へ進むのを辞めなかった。


道中で見つけた綺麗な花を取り、以前女が立っていた場所に置いてみても、次の日には誰かに踏まれていた。


そんなことを繰り返し、1年が経っただろうか。









杏寿郎は危うく手に持つ道着袋を落としかけた──────それもそのはず、女がいたのだ。


以前と変わらない位置に、着物を着て、あの番傘をさし、ぼんやりと佇んでいる。


杏寿郎は堪らず走り出した。意識するより先に身体が動いていた。




「お久しぶりです！」




緊張して声が裏返った。


大きな声に女は初めのようにビクリと肩を揺らしてから振り向いた。


ちりん、と簪の鈴が鳴る。




「杏寿郎くん…！」




驚愕と歓喜に満ちた表情を浮かべる女の隣へ並び「お元気でしたか？」と尋ねると女は「元気…なのかな…？ふふ、さっきから変なこと聞くのね」と笑みを零す。






「昨日会ったばかりなのに、お久しぶり、だなんて」





──────昨日会ったばかり？


杏寿郎は頭をガツンと殴られたかのような衝撃に襲われた。まるでこの間父にお叱りと拳骨を受けた時のような衝撃。


杏寿郎は言葉が見つからなかった。確かに自分は約1年間、毎日ここに通い続けた。女の姿は無かった。それなのに。


"摩訶不思議"とはよく言ったもので、まさに狐に包まれているような感覚を覚え、杏寿郎は口を噤む。


そんな杏寿郎の心中には察しず、女は傘をくい、と上げて桜色の瞳を近づける。



「あら、杏寿郎くんなんだか背が伸びたような…、気の所為よね。変な感覚」



気の所為ではない。杏寿郎は成長期真っ只中の少年だ。身長はすくすく伸びている。





「…貴女は毎日ここにいるのですか？」





どう聞くのが適切だったのだろうか。少なくとも頭にの混乱した杏寿郎はこれが精一杯だった。


すると「そう、毎日いるの」と女は桜色の瞳を細めた。優しげでいて、どこか憂いた視線の先は、右へ右へとずっと長く続く道。


否、道を越えた果てかもしれない。彼女の見詰めているものは杏寿郎には見えない。心から切望するものを、理解することは出来ない。


雨はポツリポツリと降り続ける。湿気を帯びた空気が肌にじわりと纒わり付く。しかし決して不快ではない。


辺りが霧がかる様子を見詰める女に杏寿郎は不意に口にした。






「貴女の名前を教えてください」

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