雨と大人 ページ18
杏寿郎はそれから鍛錬と勉学により一層打ち込むようになった。
その気迫は両親を驚かせ、教師、そして同学年の生徒達からは一目置かれた。
弟は「兄上」と以前より濃くなった尊敬の眼差しを向けたが、杏寿郎の心は満たされなかった。
「…まだ、まだまだ、まだ足りない。まだ彼のようには」
鍛錬の合間、休憩時間に杏寿郎はあの写真を取り出した。モノクロ且つ、隊服の上からでは正確なことはわからないが、写真の煉獄杏寿郎は逞しい肉体である。
「俺は貴方のようになれるのか…」
杏寿郎は歯を強く食いしばった後に俯かせていた顔を上げ、強く竹刀を握って立ち上がった。
杏寿郎の浮かない心なぞは知らず、残酷に時は進んでいく。人々の思考を置いていけぼりにしてしまう。
杏寿郎はいよいよ15歳を迎えた。家を出る時に杏寿郎はあの仲睦まじい二人の写真を持っていき、全て話してしまおうかと思案したが、記憶を取り戻して万が一Aが悪霊化、または成仏するような事があっては困る…というか、嫌なのである。
杏寿郎は真実は黙っておこうと思った。少なくとも今伝えるべきことではない、と決めて深呼吸をした。
傘をさしながら重い足取りを進めるとAがいた。
矢張りあの民家の前で右を向いた状態で佇んでいた。いつもより霧が濃く、まだ数歩離れた場所からではAの表情は確認できない。
霧の中に足を踏み入れると一気に視界が晴れてAの表情が見れた。いつもと変わらない表情のAにほんの少し安堵すると同時に、和泉屋で聞いた話を思い出して不安を覚えた。
「お久しぶりです。今日は冷えますね」
「あら、きょ、杏寿郎…!」
杏寿郎を見上げるような形で見詰めると女の簪の鈴がちりんちりんと音を鳴らせた。
以前より背を伸ばし、以前よりもずっと大人の落ち着きを取り入れた杏寿郎の姿はAに新鮮に映ったのだ。
「そうね、今日は冷えるわね」と手を合わせる女に杏寿郎は羽織を脱いで渡す。
「え…っ」
「どうぞお使いください。女性なのですからお身体に障らぬよう」
え、でも、そんなと…オロオロ戸惑うAに念を押して肩から羽織をゆっくりとかける。
大人びた杏寿郎の行動にAは両頬をほんのりと赤に染めて「…ありがとう…」と小さく呟いた。
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あろま(プロフ) - ネコ2世さん» コメントありがとうございます!コメント遅くなってすみませんでした…!今までで1番と言って頂けて嬉しいです!こちらこそ読んで下さり本当にありがとうございました! (2019年11月15日 18時) (レス) id: 3a55b14ac0 (このIDを非表示/違反報告)
ネコ2世 - 完結おめでとうございます!最後、主人公と煉獄さんで現世で再会出来て本当に良かったです!今まで様々な夢小説を読んできましたが、一番好きな作品です!書いてくださりありがとうございます! (2019年11月2日 20時) (レス) id: 6d89e33ad2 (このIDを非表示/違反報告)
あろま(プロフ) - ukiさん» コメントありがとうございます…!丁寧で素敵なお褒めの言葉光栄です…!そう言って頂けて本当に嬉しいです!これからもよりよい作品が作れるように尽力していきます! (2019年10月25日 19時) (レス) id: 3a55b14ac0 (このIDを非表示/違反報告)
uki(プロフ) - 完結おめでとうございます。ただただ、最高の一言につきます。他作品も読ませて頂いておりますが、あろま様の文面が繊細で自然と涙が溢れておりました。自分自身が清くなれた気がします。これからも応援させて頂きます。ありがとうございました。 (2019年10月25日 1時) (レス) id: b46c65ea42 (このIDを非表示/違反報告)
あろま(プロフ) - 仍さん» コメントありがとうございます!読んで頂いた上に素敵なコメント嬉しいです…!私もこのコメントに幸せな気持ちになってます…!これからも頑張ります! (2019年10月20日 22時) (レス) id: 3a55b14ac0 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:あろま | 作成日時:2019年9月3日 16時