九十の雨粒 ページ45
「今日も蕨姫花魁への贈り物が一番多いねぇ」
夜が深まり客が増える。鬼の活動時間だ。
蕨姫花魁の今日の客はまだ通い始めの男らしく、言葉も交わせず日が変わる前に帰らされてしまった。かわいそうに。
私は遊郭の決まりに詳しくないが、最上位の花魁というのは同じ部屋にいるだけでも気が遠くなるような大金を叩かなければならない。客よりも花魁の方が上座に座って男を品定めする。今日の男はダメだったのだろう。
……ここは女が男を喰う街だ。
「誰か、この贈り物を蕨姫花魁に届けてくれないかい?」
皆が顔を見合わせた。いつ癇癪を起こすか分からない蕨姫のところになど誰も行きたくないのである。まして仕事終わりでお疲れの時など。
私は「はい」と手を上げる。
「昼間は妹が迷惑をかけたようですし、私が行きましょう」
周りは心配してくれたが、誰も代わりになろうとはしない。私は「善子を見ていてもらえますか?」と頼んでさっさと贈り物を抱えた。
ギッギとわざと音を立てるように廊下を歩く。
「蕨姫花魁、贈り物をお持ちしました」
外から猫なで声でそう言うと「入りな」と凛と返事が帰ってきた。失礼して襖を開けると、もう仕事は終わったのに化粧も落とさず立つ彼女がいた。
「そこに置いて」
「はい」
蕨姫は私に近付いてきた。私は贈り物を隅にまとめて下ろすと、彼女の方へ向き直りニコッと笑う。
「お前、見慣れない顔ね。新入り?」
「はい、昼間は妹が失礼をしたようですみません」
「ふぅん……似てないわね。顔も言動も」
蕨姫は紅を引いた唇に人差し指を置いて私をジロジロ見ると、自分の衣装箱から帯を取り出した。
「お前、名前は?」
「雨と申します」
「辛気臭くて暗い名前だねぇ。……お前にはこれをあげよう、妹に比べて綺麗で品があるから」
渡された帯は鬼の気配を帯びていた。じっとり重く、手に絡みつくようだ。蕨姫も笑っていた。
お互い、笑顔の裏で相手をどう殺そうか考えているのだ。
「雨、お前他に姉妹はいないの。別の店にとか」
「いいえ蕨姫花魁。兄が一人いるのみですよ。それも、鬼に殺され故人です」
「そりゃあ可哀想な話だ。寂しいだろう、会わせてやろうね」
刹那、手の中にあった帯が龍のように素早くうねり私の首を絞め上げようとした。
しかしまばたきの一瞬でそれは細切りになる。
「悪鬼滅殺」の文字が煌めいた。
「理解もできないのに寂しいだろうなど言うな鬼」
お前を滅する。
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作者名:紅丸 | 作成日時:2019年8月2日 17時