八十九の雨粒 ページ44
善逸は次の日には三味線を完璧に覚えた。曰く、耳が良いらしい。一度聞いた曲は弾けてしまうというのだから素晴らしい才能だ。
見た目もあって善逸が新入りの中ではとても目立つので、私はなるべく影を薄くして店に出入りする人を観察することに専念した。
どんなに気配を隠すのが上手い鬼でも、流石に見れば分かる。
私は急いでいた。芸事もできない私はいつ枕を任されてもおかしくない。雑用に徹しているうちは良いが、店だっていつまでもそんな穀潰しを置いておかないだろう。
定期連絡の日が迫っている。それまでに何とか尻尾を掴みたいものだが……。
私が人の通りの多い廊下を観察している時、店の北側からバンッ!と大きな音と「きゃあ!」と悲鳴がした。何の騒ぎだ?
遊女達の部屋の方……息を潜め様子を見に行く。
──その場にいる人間の怯えが、空気を刺のように鋭くしていて息をする度肺がチクチクする。
吹っ飛んだ襖、その上で鼻血を出して気絶している善逸。
「蕨姫花魁……!!」
冷や汗をかいた楼主がかけつけ、土下座をして「勘弁してやってくれ」と頼む。私はその相手を見た。
『蕨姫花魁』
この店の稼ぎ頭。絶世の美女だが性格がキツい花魁であると、聞いてはいたがその姿を見るのは初めてだった。
それはどこを見ても完璧な美しさを持つ女だった。怒り剥き出しで不機嫌だと歪めていた顔をにっこり優しい顔に戻すと、息を飲まずにはいられない。
「旦那さん顔を上げておくれ。私の方こそご免なさいね、最近ちょいと癪に触ることが多くって」
私は思った。なんて醜い鬼だろうかと。
善逸には天元の嫁探しの方を任せていたが、彼の方が先にたどり着いてしまったらしい。
蕨姫が店の支度を禿にさせ始めると、楼主は「人を呼べ!!早く片付けろ、蕨姫花魁の気に障ることをするんじゃねぇ!!」と怒鳴った。
私はあわてふためき片付けをし出す人の並みに便乗して善逸のところへ行く。
……よし、失神してこそいるが、ちゃんと受け身を取ったようだ。そうでなければ骨が折れていただろう。
ちらりと後ろを確認すると、蕨姫がこちらを冷たい目で見ていた。彼女も善逸が軽傷なことに気がついているだろう。きっと鬼殺隊であるとバレた。
まずいな。
気配の隠し方の上手さからいって蕨姫は下弦以上だ。即行善逸を始末しに来る。けれどこちらは……こんな人が多いところでは戦えない。
面倒なことになったと、思わず舌打ちした。
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作者名:紅丸 | 作成日時:2019年8月2日 17時