七十四の雨粒 ページ29
変わらない日々が続いた。
杏寿郎の訃報が届くまでは。
「……………………」
──無限列車にて、下弦の壱を撃破。その後上弦の参と会合し、戦死──
それを鴉から聞いて、私はその場にうずくまった。
分かっていたことのはずなのに心臓が張り裂けるようだった。心構えなんてできていなかった。
「泣くな、泣くな。絶対に泣くな泣くな、泣くな……」
涙腺に言い聞かせる。
炎の呼吸について教えてもらったことも。
一緒にご飯を食べたことも。
ずっと気にかけてくれたことも。
本当は最後にご飯を食べた時にお礼を言いたかった。
泣きついて、行かないでと言いたかった。
死なないでほしかった。
何一つ言えず、何一つ返せず。
ふらふらと立って歩き出す。つま先は、いつもの定食屋の方を向いた。
いつもの席に座っても向い側には誰もいない。
いつものように親父さんを呼んで「同じの」と頼もうとしてしまった。
もういつも通りじゃない。
私は初めて品書きを見た。食べたものなんて覚えていなかった。話すのが楽しくて、それだけが鮮明だ。
杏寿郎は何を頼んでいたのだろう。
何が好物だったのだろう。
一つも分からなくて机に突っ伏した。
誰かを深く知るのが怖かったから何も聞かなかったんだ。
注文もしないで席を取っている私は店からしたらきっと嫌な客だな。もうここに来ることもないかもしれない。
すると、トン、と机に何かが置かれる音がした。顔を上げてみると、頼んだ覚えのない定食が置いてある。
「いつものですよ」親父さんがにっこり笑っていた。
「今日はお連れはいないんですね。いつも色んな種類のを頼んでらっしゃるが、貴方が『同じの』と言うとあの男の人は毎回品書きのこれを指差すんですよ。
好きなんですねぇ、さつまいも。おまけしておきましたから、また二人で来てください」
つやつやの白米に塩焼きの魚。お漬物とごろっとしたさつまいもがいっぱいいっぱいに入った味噌汁。
黄金色のさつまいもがいかにも甘くて美味しそうだ。
杏寿郎は目立つもんな。たまにしか来なくても、親父さんは覚えていたか。
私より親父さんの方がよほど杏寿郎について知っているな。
この席で、楽しそうに食べる杏寿郎と、それをいつも見ている私。
「また、二人で……」
雨の日に墓地で誓った私、どうか許してください。
今だけは泣くことを。
私は大粒の涙を溢しながら味噌汁に口をつけた。
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作者名:紅丸 | 作成日時:2019年8月2日 17時