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「樹」
「ん?あぁ、ありがとう」
北斗の手には煙草があった。
1本だけを差し出され、それを受け取るとすぐにライターの音がして、煙草に火が添えられた。
いつも終わりの時間が近づく頃に、北斗は俺に煙草を渡してくる。
それを吸い終わると、大抵この部屋で終わりのタイマーが鳴る。
だからこの部屋で吸う、最後の1本は他では感じることの無い味がするのだ。
「北斗」
「なに?」
「東京タワーわかるだろ?」
「うん」
「今はスカイツリーっていうデカいやつがあんだよ」
「へーそうなんだ。東京タワーも行ったことないなー」
北斗は俺の胸に頭を預けて、煙草を持っていない俺の手を取って、指を絡めたり、広げてみたりと、手に戯れていた。
俺はそれを眺めながら、煙草を天井に吹かした。
「じゃあ東京タワーもスカイツリーも行こう」
「え?あぁ、うん」
「水族館もあるからそこにも寄って、浅草も近いから食べ歩いてもいいな」
「へぇ…」
「映画も行きてーんだよなー。後は千葉におすすめの場所があって…」
「ちょ、ちょっとまって」
北斗によって色々と動かされていた手がベットに投げ捨てられ、明らかに戸惑った様子で北斗は俺の顔を見ていた。
何か言いたげにしていることはわかったが、あえてそれを遮るように言った。
「全部したいんだ。
楽しいことそこら中にいっぱい転がってんだよ。
だからそれ全部お前に教えてやりたい」
知らないことや、分からないことにぶち当たった時、もうあんな哀しそうな表情をさせないために。
そして止まり過ぎていた俺たちの時間を、できる限り楽しい思い出と共に増やせるように。
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作者名:くれよん | 作成日時:2022年12月26日 20時