マジデヒトメボレ（SZ短編集)

one ond only（健人）03 ページ4

「黒崎くんも尚先輩もどっちもイケメン過ぎるもん！選べないよー。」


うえぇぇ？

勢いよくリビングに飛び出し、彼女に「おい」と呼びかけようと開いた口は「お」の形のままだらしなく開いたまま。

肩に手をかけ振り向かせようと伸ばした手は宙をさまよった。

背後に立った俺に気が付いて「彼氏が出てきたからまたね。」と彼女は友達との電話をあっさりと終了させた。

それから「おかえりー」と両手を開いてハグを求めた。

それはもう、いつも通りのあどけない笑顔で。


ぎこちなく手を伸ばし抱きしめてもなんだかうまいこと力が入れられない俺に「どうしたの？」と可愛らしく首をかしげるこいつは…。

小悪魔か。



「Aって本当に俺の顔が好きなのね…」

本当はそんなことが言いたいわけでも思ったわけでもない。

だが他に俺のこの複雑な胸中を表す言葉が何も出てきやしなかった。


俺の台詞を聞いて顔を朱に染めた彼女は「うきゃあ」と甲高く鳴いて俺に背を向け蹲った。


「電話、聞こえてたの？」

「・・・まぁ。」

相当にでかい声だったからね。

「たまには好きなアイドルの話がしたかったの…。」

以前、友達にボロが出そうで「ケンティ」の話は出来ないと嘆いていたのを思い出す。

2人だけの秘密だって言えばなんだか魅惑的なようでその実、誰にも秘密なのって結構しんどい。

秘密だと言えばそうだけれど、嘘をついていると言えばそれもそうだ。

それでも彼女は俺との交際を誰にも、本当に仲の良い友達にも隠してくれてる。

「あぁ、そうなの？」

「引かないでぇ。だってもうすっかりファンだもん。」

「別に、引いてないって。」

別に知っているのに。

アイドルの俺のことも好きでいてくれているわけだろ？

Aの方こそ、俺がどんな勘違いをしたか聞いても引かないで。

そんなこと教えないけどね。

疑ってごめん。

全くもって、そんなわけないのに。

そんなの解り切っているはずなのに。

疑う余地なんかまるでないのに。

俺のことばかり考えてくれているのがいつもめいっぱい伝わっているのに。

Aのことになると俺は冷静でいられない。

たまにとんでもなく不安に駆られて、まさか、どうしようって、悪い風にばかり考える時があって。

この俺が自信なんかなくって臆病になってバカみたいに彼女に振り回される。

普段の俺ならば絶対にならない。

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