Tear drops.

九粒。 ページ9

.




「硫星の泪」撮影三日目。











今日は涙のシーンはないが、
菊池くん演じる硫とのハグシーンがある。















「いやー、役とはいえ嬉しいよね」




「え？」



「好きなひとのこと、
合法的に抱きしめられるんだからさ」















何回か好きだとかそういった類のことは
言われてきたけれど、
ここまではっきりという人は初めてだ。















「菊池くんって随分楽しい思考してるんだね」





「照れるなあ」




「褒めてない褒めてない」



















...でも。







私はもう何年も前に“自分の心”を消した。


君がどんなに私に好意を寄せてくれた
としたって、



私は君を好きにならない。








...好きに、なれないから。


















『泪、』










肩をがしりと掴まれて、
一気に胸へと押し付けられる。



トクン、トクン、と速く動く君の心臓。








...生きてる。








当たり前だけれど、
なんだかほっとするような安心感があった。















『硫...』









ゆっくりと手を背中に回す。




台本にはなかった。


アドリブだ。










「...！」








かすかに震えて、
それから心臓がより速く鼓動を響かせる。









ぎゅっと、強く抱きしめあった。











人のぬくもりが、あたたかかった。




.

十粒。→←八粒。

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す