冷たい水面下に溺れる ページ1
彼、冨岡義勇という男を一言で表すなら、と問われたら、私はすぐにこう答えるだろう。
「温かな水面下」
ああ、そうだ。私はきっとそう答える。まさに彼はそんな男だからだ。
兄弟子のような、澄んだ滝の激しい激流ではなく、静かで美しい、冷たくも温かな水面下。
包まれれば自然と身を任せたくなるような、安心感を与える剣筋。
私は水の呼吸を遣う剣士の中で、いっとう彼が好きだった。
■□■□
同期の村田に、呼吸について相談を受けた。なんでも合わないのか、水が見えないのだと。
「けど、今更他の呼吸の習得は難しいよなぁ」
鷺島は水の呼吸と聞いて、温かな水面下の彼を思い出した。
「冨岡さんの剣筋は、少し荒々しくなったね」
「冨岡? ああ、水柱の……」
あの静かで美しい、温かな水面下の剣筋は、少し荒くて、濁るように冷たい水面下の剣筋へと変わってしまった。
剣筋を変えたのは、彼の兄弟子だった。
珍しい髪の色をしていて、頬に傷がある狐の面をつけた少年だった。
山のほとんどの鬼を狩り尽くすほどの実力がある少年だった。
なぜ死んでしまったのかはわからないが、彼が変えてしまったことだけはわかった。
「ね、村田くん」
「ん?」
三白眼の眼がこちらに向いた。
「どうすれば、人は失ってしまった者があけた穴を埋めれると思う?」
「え……うーん。完全には埋めれないだろうから恋人とか、大切な人を作る、とか?」
「あぁ。そうかぁ。そうだよねぇ」
「鷺島?」
彼の静かで美しい、温かな水面下の剣筋が私はいっとう好きだった。
包まれれば自然と身を任せたくなるような、安心感を与える剣筋が。
ねぇ、義勇くん。また私の頸をその剣筋で切り裂いてよ。
鬼が恍惚とした表情で望んだ。
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作者名:クレイジーnight | 作成日時:2020年4月18日 2時