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【生い立ち】
ある日、神聖こども会の門前にひとりの幼い少女が捨てられていた。お父さんとお母さんは、と訪ねてもきょとんとした様子で首を傾げるばかり。何を聞いても自分の名前しか答えない。
彼女──ブリュンヒルド・ヴェヒターの記憶はそこから始まる。
さて、ここからは彼女の記憶にはない物語だ。
生まれは人間界、中欧の永世中立国オーストリア。音楽の都ウィーンにブリュンヒルドは生まれた。
ヴェヒター家はなんの地位も、力も、富もないただの市民だった。両親も揃って健在であり、ごく普通の仲睦まじい夫婦であった。
あの男が現れるまでは。
ある時、母の前に一人の男が現れた。
男は母に相当惚れこんでいたらしい。母もまた男に父とは違った魅力を感じたようだった。
父の居ない日中を狙って、二人は何度も密会を重ねた。
日を追うごとに、二人の関係性は親密になっていった。
ついに男は父のことが邪魔になったらしい。ある日、いつもの時間になっても男は帰らなかった。その代わり、父がいつもの時間に帰ってこなかった。
次に男が邪魔に思い始めたのはブリュンヒルドだった。
一部始終を知ってしまったのだから、いくら子供でもそのままにはしておけない。と男は言った。この子は助けて。と母はいった。
二人はしばし口論になり、逆上した男が何事か意味のわからない言葉を叫んだ。
「アズドールフォガティ!」
ブリュンヒルドは母を忘れた。
母もブリュンヒルドを忘れた。
男は母を連れてどこかへ逃げて行った。
その場にブリュンヒルドを捨て置かず、子ども会の門前まで連れて行ったのは最後の良心なのだろうか。
以降、両者が交わることはなかった。
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作者名:白銀刹那 | 作成日時:2022年7月1日 19時