72、三寒四温 ページ23
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それから半年後のことだった。
三寒四温とはまさにこのことで真冬のような分厚い曇天模様のその日、一つの命が旅立った。地元の市中病院の2階、真っ白というより僅かに黄みがかった12畳ほど個室は緩和ケア病棟という10部屋しかない病棟の一角で、家族に見守られながら最後の時を過ごした。
線香の独特の甘く煙たい匂いが鼻先をかすめ、鼻の奥ではツーンとした。私も目頭が熱くなり、分かっていた結末をなんとか受け止めようとする母の眼尻にはとめどなく涙が流れ、それを吸収する白いハンカチは何枚持っていても足りないほどだった。
19歳の厄年で祖母から買ってもらった喪服に初めて袖を通すと、いまだに新品の匂いがした。
喪主である細身の兄の首元には黒いネクタイが締められ、母は嫁入り道具の一つとして持ってきていた五つ紋の喪服を着ていた。
遺影の父の写真は病気が発覚してすぐに、父が兄に遺影用として撮らせたもので、半年間でこれほどまで人の表情や姿形が変わろうとは、医療従事者の私でも目の当たりにすれば声が出ないほどだった。棺桶の中の父はエンゼルケアで化粧をされていてもげっそりと、そして青白かった。
最後はペースト食も口にできず、点滴してもらおうと説得しようにも頑固者の父は頑なに拒んだ。
その辛さは経験したものしかわからないなんとも言い難い辛さなのだという父は最後の2日だけ入院したものの、呆気なくこの世を去った。
喪主の友人として、黒の礼服に身を包んだ中村さんも通夜に訪れた。目頭を赤くした私達を目のやり場に困ったような難しい表情で見た後で深々と頭を下げて、焼香を終えた。
翌日告別式を終えて、銀色の扉が重く閉まった音は、火葬が終わるまで私の脳裏を支配した。
年の割に遺骨があまり残らなかったことは全身に広がった癌が身体中を蝕んでいたことを物語っていた。
「Aさん、今から会える？」
そうやって中村さんから電話が入ったのは2日後の夜のことで、実家の片付けもひと段落し、週明けからクリニックの仕事も再開するという週末のことだった。 私と兄は既にマンションに戻ってきていて、傷心した母を一人にするのは少し気が引けたが、日常に戻ることも必要だった。
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黒尾(プロフ) - ちぇりー、さん» コメ、Twitterフォローありがとうございます。もう一捻り、とは思います。最後までお楽しみいただければ幸いです。 (2019年9月28日 8時) (
レス) id: 68c099bb5b (このIDを非表示/違反報告)
ちぇりー、(プロフ) - 初コメです。黒尾さんの描く物語はとても大人で、どこか現実味のあるような、でもどこか心が救われるようなそんな言葉ばかりでとても惹かれました。Twitterもフォローさせて頂きました。続きを楽しみにしています！ (2019年9月28日 0時) (レス) id: 14c95c5e08 (このIDを非表示/違反報告)
黒尾(プロフ) - ちびすけさん» いつもありがとうござます。ありがたいお言葉に救われます。あと数時間お待ちくださいね。 (2019年9月27日 17時) (レス) id: 68c099bb5b (このIDを非表示/違反報告)
ちびすけ(プロフ) - 黒尾さんの紡いだ言葉、心して読ませていただきます。黒尾さんの言う豪雨…こんなかな？あんなかな？と想像しつつ、待たせていただきます！ (2019年9月27日 16時) (レス) id: a303121135 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：黒尾 | 作成日時：2019年9月12日 21時
