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店のある町の中は粗方探したが、Aの姿は無い。もし山の中に居たとすれば危険だ、と雷蔵は走る足を速めようとした時、どこからか悲鳴が聞こえた。高い女の物だ
最悪の事態を想定し、雷蔵は血の気の失せた顔で声を頼りに道を逸れた
「やめてください!返して!」
「何だ?ただの筆一つに躍起するなんてよ」
「それは……頑張って貯めたお金で買った……!」
負けじと気丈に振舞おうとするAだが、その小さな体は小刻みに震えている。今、Aは山賊と思われる男数人に絡まれ、その内の一人に腕を掴まれていた
「じゃあ、その頑張って貯めた金の残りを貰おうか」
「嫌です!」
歯をギリッと鳴らし、普段の優しげな彼女からは想像もつかないような嫌悪に満ちた顔をして見せる
それが山賊達の癇に障ったのか「うるせぇ!」と怒鳴られ、Aは身をすくめた。それと同時に視界が一回転するような衝撃と痛みが頬に走る。じんわりと目に涙が溜まる
叩かれたのだと理解するのに、随分と時間を要した
「誰かに殴られた事もないお嬢様にはちと辛かったか?」
一度涙腺が緩むと、中々締まらない
涙で滲んだ視界に、ふと明るい茶色が目に入る。それは近頃よく見る色で、Aは「あっ……」と声を漏らした
それとほぼ同時に、今まで話していた山賊達の苦悶の声が上がる
涙を振り払い、名を呼ぼうとしたAが見たのは飛び散る鮮血。そして、いつもと全く違う雰囲気の不破雷蔵であった。例え目の前にいるのが鉢屋三郎であったとしても、二人ともこんなに怖い顔を見たことは無かった
バッとAの腕を拘束する力が無くなる。代わりに、目の前が闇に包まれ、顔や背にじんわりと人の温もりを感じる。おそらく、目を覆われているのだろう
だが、Aにとってはそれもどこか冷たい
「大丈夫ですか?」
「らいぞさ……」
「今見た事は忘れてください。貴女が陰を見る必要は無いから」
耳元で囁かれる声は低く重い。Aは言葉の意味を殆ど分かっていないが、頷くしかない
「そのまま目を開かないように。僕にしがみついてください」
ふわっと浮遊感に陥るAは驚きで目を開きそうになるが、約束は破れないと目を瞑った
今の自分の状況が分からず混乱したままのA。川のせせらぎが聞こえたかと思うと、殴られた頬に冷たく濡れた物が当てられた
そして、気付けば自分の店の真ん前に立っていた。手には濡れた三つ鱗の描かれた布が握られていた
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作者名:錦浦麗音@媛容 | 作成日時:2015年10月1日 21時