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「あ……Aお姉ちゃん。待ってたよ」
「………………」
待たれていた。
時間は私にとって記念すべき日になるはずの六月十三日、火曜日の放課後、今週末に控えた高校生活最後の文化祭に向けての準備に、放課後の時間を目一杯ぎりぎりまで使っての下校時刻、午後六時半過ぎ、場所は私立直江津高校の正門だった。
そこで、つい今朝方まで、後輩の月崎志麻と共に三人で、怪異に関する時間を過ごしていた、私にとっては弟の旧友である、椎名爽が手持ち無沙汰な風に、私を待っていた。
制服姿――である。
私にとっては懐かしい、中学の制服。
この辺りでは珍しい、セーラーシャツの制服。
腰をベルトで絞っている――椎名は、そこに重ねて、ウエストポーチを装着していた。
そう言えば、事情が事情なだけに、当たり前と言えば当たり前ではあるのだが、椎名の制服姿を見るのはこれが初めてだった。
全体的に見た目の幼い椎名に、セーラーシャツの制服はよく似合う。
帽子はかぶっていない。
しかし、その長い前髪で隠されて目元は見えない。どうやらこの子は、デフォでこの髪型らしい。
……帽子を目深にかぶったり、前髪を垂らしたり、とにかく、他人と目を合わせるのも他人に目を見られるのも、椎名は徹底して恥ずかしいらしい。
古今まれに見る恥ずかしがりだった。
「や……やあ」
そんな風な、突然の椎名の登場に思いの外びっくりしたので、挨拶がなんだか不自然になってしまった。
椎名は門の陰になるような位置に立っていたので、勿論そんなつもりはなかったのだろうが、角に潜まれて『わっ』と驚かされたみたいなタイミングになったのだ。
「何してんの、お前。こんなところで」
「あ、うん……Aお姉ちゃん」
伏し目がちに、そんなことを言う椎名。
伏し目も何も元々前髪で彼の眼は見えないのだが。
内側からはちゃんと見えているのか？
うーん……でも、さすがに、自分が通う高校の前で『Aお姉ちゃん』呼ばわりされるのには、いささか気恥ずかしいものがあるな……。
だからと言ってここで『そんな風に呼ばないでくれ』と言ったら、この生まれたての子鹿のようにデリケートな椎名を、傷つけてしまう恐れがあるし……。
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作者名：灰猫 | 作成日時：2022年7月24日 23時
