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天宮翔太は、私にとってとても大事な人間である。
他の誰にもかえがたい、かけがえのない人間である。恩がある、いや、それどころか大恩ある相手だ。
多分私は彼に対して何をしたところで、これで恩を返すことができたと、思うことはないだろう。
春休み、私がどん底のどん底のどん底を全身全霊で経験しているところに差し伸べられた彼のその手は、私にとっては大袈裟でも何でもなく、神の救いの手に見えたものだった。
今でも私は、およそ二ヵ月前のあの経験を思い出すだけで、ぐっと、胸の奥に熱いものが込み上げてくる。
人が人を救うだなんて言葉、考えてみればとても嘘くさいのだけれど、それでも私はあの春休み、確かに、天宮翔太に救われたのだと思っている。その想いだけは、何があっても揺らぐことはないだろう。
だから――だから私は、地獄のような春休みが終わり、三年生に進級し、クラス分けで彼と同じ組になったとき、正直言って、にやけてしまうくらい、嬉しかったものだ。
いつか相川に言われた台詞ではないが、片恋相手と同じクラスになった奴なんてのは、案外、こんな気持ちなのかもしれないと思った。
ちょっとした誤解で、学級委員長になった彼から副委員長の職を押し付けられるに至っても、そこまで抵抗なくそれを受け入れることができたのも、天宮が私にとって大事な人間であったからに他ならない。
天宮翔太。
異形の羽を、持つ少年。
しかし勿論、天宮翔太のその名前を、二年の春休みまで、私が聞いたことがなかったかと言えば、そんなことはない――白状すれば、私立直江津高校始まって以来だというその秀才の姿を見たくて、一年生のとき、こっそり彼の所属するクラスを覗きに行ったことがあるくらいだ。
その当時から彼は、きっちりと前髪を揃えて、眼鏡をかけた、見るからに優等生というスタイルを貫いていた。一目で真面目な生徒だと判断できた。
見るからに頭が良さそうな人間というのは決して少なくないが、そう確信することのできる人間というのを、私はそのとき初めて見た。
おいそれと声をかけるのもためらわれる、そんな荘厳な雰囲気を周囲に漂わせている、そんな高校一年生だった。近付きがたいというより、遠巻きに見ることすら許されないような、そんな隔絶を私は確かに、実感した。
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作者名：灰猫 | 作成日時：2022年7月24日 23時
