交響曲第5番 lll

42 ページ42

篤「もっと癒し系のないの？」

「今の曲も充分癒し系だと思うけど、」

篤「んー、違くて、」

「？」

篤「もっと音少ない単純なやつ。」





"熟睡出来るようなね"とリクエストをしながら眠る体勢に入る彼。

どうやら今日の気分は、"癒し系の"を聴きながら眠りたいらしい。





「かしこましました。笑」





〜♪〜♪



ヴェニスのゴンドラの歌 無言歌集 Op.30-6
Venetianishes Gondellied
フェリックス・メンデルスゾーン
(Felix Mendelssohn / 1809-1847)





歌詞のついていない歌曲のようなこの曲は、特別難しい技術は必要ない。

でもだからこそ、旋律にどれだけの感情と抑揚を表すことが出来るかが重要になる。





ーーーVergangen…



＜楽譜に忠実すぎてつまらない。＞

＜一皮破らなきゃ、プロでは通用しないよ。＞

＜自由に弾けばいい、相馬くんみたいに。＞



ーーー





超絶技巧を得意としていた私にとっては、昔から苦手な一曲。



でも何故か、いまはこんな曲を弾いているのが気持ち良くて仕方がない。

溢れ出る感情が音になっているのが、自分でもわかるから、





3分程の曲を弾き終えソファを見れば、ぱっちりと目を開けたままこちらを見ている彼。





「眠れなかった？」

篤「いや？聴き惚れてただけ。」

「え？」





突然真顔でそう言った彼に、少しドキッとしてしまう。





篤「なんかさ、バラ1録音した時と弾き方変えた？」

「そんなことないと思うけど、」

篤「ふーん。」

「…違った？」

篤「さぁ。良くわかんねーけど、今のがいい。俺はね。」





そんな私を知ってか知らずか、彼は満足気にニヤリと笑って見せてから瞳を綴じた。



"ま、素人の戯言"と付け加えられた言葉は、実に彼らしい。

でもきっと良い方へ変わったと思っていたのは私だけではなくて、



また少し、彼の言葉が自信になる。





篤「じゃ、俺が寝るまで癒し系の延長で、笑」

「ふっ、かしこまりました。笑」





〜♪〜♪



セレナード(セレナーデ)
Ständchen, Schwanengesang, D.957
フランツ・ペーター・シューベルト
(Franz Peter Schubert / 1797–1828)





恋人がソファで寝そべる中音を奏でる、

出会った頃から変わらないこんな日常が、今でも一番好きな刻。

43→←41

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す