交響曲第5番 ll

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「ただいま。」





実家に帰ると、リビングからスリッパの音をさせながらかけてきた母が出迎えてくれる。

"楽しめた？"の言葉にコクンと頷けば、母は嬉しそうな笑みを浮かべて、





母「結衣さんのおかげね。」



「うん。」

「あと遥香と、相馬くんと……彼のおかげ。」





最後に小さく付け加えた言葉に、母は驚いたように私を見る。





「…お父さん、まだ起きてる？」

母「うん。起きてるわよ。」





ーーーvorwarts…



＜アウェー慣れてるって言ったっしょ？＞

＜むしろブーイングされた方が燃えんの、俺＞



ーーー





別れ際に彼がくれた言葉を思い出し、

自分の覚悟を確かめるように一つ深呼吸する。





「お父さんとお母さんに話したいことがあるの。」



母「…そう。」

母「お父さん、リビングにいるわよ。」





優しく微笑んだ母は、少し強張った私の背中をそっと押した。





「お父さん、ただいま。」

父「おかえり。楽しかったか？」

「うん。」





ソファでくつろぎながら熱燗を飲んでいる父。

テーブルには、母が作ったつまみと、チーズアーモンドとごんじりが広げられている。



幼い頃から良く見ていた、見慣れた光景、





父「なんだ、友樹はもう帰ったのか？」

父「送ってもらったんだろ？」





こんな話をするのも変わっていなくて、

娘しかいない父が、幼馴染を実の息子のように可愛がっていたことは私が一番良く知っている。





「……ううん。彼に送ってもらった。」

父「…え？」

「いまお付き合いしてる、彼に送ってもらったの。」

父「………」





なんの言葉もなく、ただ黙って熱燗を煽る父。



哀しげなその表情は、私がウィーンを離れると告げた時と同じもので、

私の言葉を飲み込むようにまた一口酒を流す父は、本当はなんとなく勘付いていたのかもしれない。





「私、ウィーンにはもう戻らない。」

「これからは幼馴染としてお互いを大切にしようって、二人でそう決めたの。」





"本当のこと言っただけだよ"

"Aもそうでしょ？"





「自分勝手なことばかり言って、お父さんとお母さんを哀しませてしまったことは本当にごめんなさい。」





"A、いま幸せ？"





「でも…いま凄く幸せなの。」

「彼を好きになって、彼の傍にいられて、」





ーーー「あの曲は、マーラーの生涯で
最も幸福な時代に書かれた曲なんです。」





「紹介したいの、彼を。」

「お父さんとお母さんに。」

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