交響曲第5番 ll

23 ページ23

"気をつけて帰って来なさい"

"空港まで迎えに行くから"





iPhoneの画面に母の携帯番号を表示させ、それでも尚かけることが出来ずにいるのは、

あの日の弾んだ母の声がまだ耳元に残っているから。



ー30日って空いてる？ー



そう問うということはつまり、私の選択を全て両親に告げるということで、

それを聞いた時、二人はどんな反応をするのだろう。



怒る？哀しむ？


それとも、





篤「ただいま。」

「…おかえりなさい。」





ただボーッと画面を眺めていた時、物静かな部屋に彼の声が響いて咄嗟にiPhoneのスリープボタンを押した。



"いつ来た？"と脱いだダウンジャケットを放り投げ、私の隣にドスッと腰掛けた彼、

仕事の疲れを吐き出すように、一つ深く息を漏らす。





「30分くらい前。」

篤「ふーん。」





今日は一日オフのため、彼の家に泊まりに来た。





「準備した？」

篤「いや、誰かさんがやってくれるだろうって期待を込めてしてない。」

「だと思った。笑」





ーーーvorwarts…



＜こんな遠い国でわけわかんねー男と付き合ってるとか、心配すんでしょ、親が。＞

＜だからさ、聞いといてよ、予定。＞



ーーー





明日日本へ帰国する彼と、ドイツで過ごす年内最後の夜。



彼が家に帰ってくるまでの30分間、

きっとそれがラストチャンスだったのに、私の指は動いてくれなかった。





「晩ご飯作ってくるね。」

篤「今日なに？」

「ローストチキン。」





"少し早いクリスマス"と付け加えれば、"あー、そんなんあった"と鼻で笑う。



そういう行事に興味がなさそうな彼に何かを期待していたわけではないけれど、

こうしていつもよりはしゃいでいなければ、全て見透かされてしまうような気がするから、





「見て。これも少しクリスマス仕様。」





買い物のついでに買ったランチョンマットを広げて見せれば、彼は苦々しげに口を曲げる。





「ふっ、そんなに嫌そうな顔しなくてもいいのに。笑」





一緒に買った手のひらサイズのクリスマスツリーをテーブルに置きリビングを後にすると、

"めりーくりすまーす"と投げやりな低い声が背中から聴こえてくる。



嫌々ながらも言ってくれたそんな言葉が、重い心に少し染みて、





「………」





あの日、あの時、

例え大切なものを傷つけても彼の傍にいようと決めたはずなのに、いまになって足がすくんで動けない。


私は必死に、何を隠そうとしているのだろう、

24→←22

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す