交響曲第5番 ll

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篤「ねぇ、」





＜今日練習終わったら来ますか？＞

＜わかんね。気分。＞





つい数時間前にそんな返信をよこした彼は、何食わぬ顔をして家のインターホンを鳴らした。



そして、

つい数十分前に来たばかりだというのに、さっそくソファの上で毛布に包まり眠る体勢に入る。





「なに？」

篤「あれ弾いて、マラ5。」





昨日支配人と決めたばかりのプログラムの練習をしていれば、突然飛んできたリクエスト。





篤「あれリラックス効果半端ないでしょ、」





"きょーきょーきょく第5番"と、いまだに"交響曲"が上手く言えない彼に笑ってしまう。





「いつも聴いて寝てるの？」

篤「基本ね、」





"爆睡できっから"と大きなあくびをする彼、





ーーーvorwarts…



＜見てこれ、"バラード第1番だけで145時間以上聞いている件w"。笑＞



ーーー





また彼のiPodに入っているそれが桁違いの再生回数になっているのかと思うと、つい頬が緩んでしまう。





篤「ちなみにね、きょーきょーきょく第5番だけで60時間以上聞いている件、笑」

「あれ、100時間いってないんですね。」

篤「あのね、二ヶ月前にCD貰ったばっかなんだけど、」





"無茶言わないで"と小さく笑った彼の言葉に、欲張った自分が可笑しくなって私も笑い声を重ねた。





篤「俺が寝たの見計らって遮音のつけてね。」

「うん。」

篤「くれぐれも起こさないように慎重に、」

「ふっ、はい。笑」





細かい彼のリクエストに笑いながら鍵盤に指を置く。

"おやすみ"と呟いた彼に同じ言葉を返して、
私はきっと100時間以上聴いているであろうそれを奏でた。





〜♪〜♪



ー交響曲 第5番ー
Symphony No.5 in cis moll
グスタフ・マーラー
(Gustav mahler /1860-1911)





"あの曲は、マーラーの生涯で最も幸福な時代に書かれた曲なんです"



"篠崎さん、ピアノで弾けないの？"



"ピアノ版も一応ありますよ。私は弾いたことないですけど"



"練習してよ。で、録音して"

"やっぱ篠崎さんが弾くやつのがいい"





小さい頃からオケのピアノ版は嫌いだった。
作曲者の意図を表現しきれないような気がして、

でも、彼のたった一言でそれが"お気に入り"に変わってしまうなんて、

きっと私は自分が思っているよりずっと単純な人間だ。





「…ふっ、」





ソファを見れば見慣れた寝顔、

足音をたてないようにそっと彼に近づき、"くれぐれも起こさないように慎重に"イヤホンをつけた。

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