夜はまだ明けない 【冨岡義勇】

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義勇とAが竹刀で打ち合ったその日から、Aが面白いほど自分の指導したことを吸収して成長していくので、義勇はAに強くなってほしくはないという気持ちとは裏腹に、時にはAが吐くまで稽古をつけてしまったりと、Aに無理をさせてしまうことが多々あった。

「はぁっ、…んぐ、」

その日もAが戻してしまったのを機に稽古をやめにして、義勇は汗を流しに行き、Aは夕食の支度に取りかかる。

「Aは入らないのか」
「どうせ、夕食のあとすぐに入りますから。…それに、私が一番に優先しなければいけないことは、義勇さんのお世話と、義勇さんの帰りを待つことなんです」

お風呂から上がった義勇が夕食の支度を進めるAに声をかけると、Aはそう言いながら一瞬振り返って義勇に優しく微笑みかけ、「ちゃんと髪も
拭かないと、風邪をひきますよ」と再び義勇に背を向ける。

どれだけ厳しく辛い稽古をつけても、根をあげない。
どれだけ稽古に疲れた日でも、炊事洗濯は休まない。
なんならこうして義勇を気遣う様子までみせるのだから、Aからのもう無理だ、という言葉を期待している義勇としては、喜ばしい状況とは言えなかった。

「……」
「あ、手伝ってくださるんですね。ありがとうございます」

無言のままに、義勇がAから出来上がった膳を取り上げれば、Aは嬉しそうに柔らかく微笑む。

「優しいって、よく言われませんか」
「…一度も」
「そうですか。では、義勇さんが優しいと知っているのは、私だけなんですね」

微笑みを浮かべたままそう言ったAに義勇はゆっくりと視線を向けて、とくに返事をすることなく歩みを進める。

「いただきます」

手を合わせて食事を始めたAと義勇の静かな時間は、突然「南南西ー！南南西ー！」と叫びながら近付いてくるカラスの声によって、いとも簡単に壊されてしまう。

「行ってくる」
「はい。行ってらっしゃい、義勇さん。…ご武運を」

ご飯をかきこみ、素早く着替え、あっという間に出立する準備を整えた義勇を送り出すAの瞳が、不安と寂しさに揺れているのには気付いた義勇だったが、視界に入れないように視線を逸らしてAに背を向け、出来ることならそばに居てやりたいと痛む心に気付かないふりをして、足早に歩き出した。

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