最強をダメにする最弱：１

禁断と背徳と ページ41

ドーナツが好きだ。
甘いドーナツが好きだ。
完璧の殻を脱いで怠惰の限りを尽くすと、その禁断と背徳感で更に甘く美味に感じる。

誰にも邪魔されない至福の時間。
それがおれのメリエンダだった。

(だがこれは…)

一人じゃない。
本来であれば邪魔で仕方がないはずだ。
怠惰は許されないからこそ禁断と背徳に満ちている。

それなのに、こいつはむしろおれに怠惰の限りを尽くさせる。
口を開ければ何もしなくてもドーナツと紅茶が口に運ばれる。
だらしない姿を晒しても幻滅どころか幸せそうな顔。
許された怠惰が殊更にドーナツを甘く美味にしているのだろうか。

(…美味過ぎる)

今まで食べたどんなドーナツよりも。
とてつもない幸福感に、おれは身を任せるだけだった。



―だが幸せな時間程、あっという間に過ぎ去るものだ。



『あ…これが最後の1個、ですね』

その最後の1個を既に半分以上食べたところで、名残惜しそうに呟く。
ならば味わおうとも思ったが、あまりの美味さに我慢が出来ない。食べたくて食べたくて、とうとう最後の1個を食べとった。

「…美味かった。今まで食べたドーナツの中で一番だ」

カタクリが素直にそう告げると、Aは大きく息を呑んで、それからくしゃりと顔を綻ばせて笑った。

『…！何よりのお言葉です！ありがとうございます…！』

そんなAの表情を見ながら、カタクリはドーナツを食べ終わったにも関わらず、膝の上から身体を起こせずにいた。Aがナフキンでカタクリの口元を拭うのにも、されるがままだ。

「…だが、何故あんなに美味かったのかがわからない。特別な食材は使っていないだろう」

さすがに照れはしたようだが。照れ隠しと時間稼ぎに、そんな質問をした。

『そうですね…魔法です』
「何？」
『【料理は科学】ってよく言いますよね。成分の配合や環境の状態から理想の数式(レシピ)を導き出すことですけれど、その理想の数式にプラスアルファ出来る魔法があるんです』

そこまで言ってから、Aは少し気恥ずかしそうに、内緒話をするように小さく続ける。

『…【愛情】です。食べてくれる人のことを想う気持ち。喜んで欲しいと思う気持ち。ただ漠然と喜ぶ顔が見たいだけではなく、その人個人が喜ぶものを作りたいと込めるもの。3日間私には、カタクリ様だけでした』

そうやって微笑むAの顔はどこか儚くも清々しい。

「愛情…」

禁断と背徳だけじゃない。込められた愛情が。

「…おれを、恨むか」
『え…？』

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