[rain] ページ3
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そう口数の多いタイプではない彼女が本の話となると饒舌になるのだと知ったあの日以来、俺にはバイト先で会うたび『今日の本』を聞く楽しみが増え、その度に彼女は見事なまでに違う本を読んでいて俺の小さな好奇心を満たしてくれる。二日続けてシフトに入っていたとしても翌日には別の本を読んでいるのだから、まさに彼女は本の虫と呼ぶに相応しかった。
シ「あれ、帰んねぇの?」
秋も終わろうかという季節に差し掛かった夜。外気の温度が下がるにつれそぼそぼと降り出した雨に客足も遠退き、見込めぬ売り上げに眉をひそめた店長からAと揃って今日はもう上がっていいと言われ揚々と更衣室を出たシルクは、バッグを胸の前に抱えたまま休憩室で所在なさげに居るAを見付けその足を止めた。
「あ、うん。ちょっと今日ね、新しい本を…その、少し高い本を買ったんだけど私傘を持ってくるの忘れちゃってて。で、帰るまでに本が濡れるのやだなって思って」
シ「……ぷっ、はは、自分よりまず本かよ」
自分にはない、彼女らしい価値観に身体を折り一頻り笑いながら困ったように眉を下げる彼女をドアの前から手招く。
シ「俺の傘でかいし、良かったら送るから寒くなる前に帰ろうぜ」
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
人生で生まれて初めてする相合傘は想像していたよりもずっと相手との距離も近く、少し遠慮がちに並び歩く彼女に対して自分が好意を持っているのだと気付かされるには十分な効果があった。果たして彼女にもその効果があったのかは分からないけれど、彼女のアパートの前まで着く頃には随分と肩も濡れ、タオルと温かい飲み物を用意するという彼女の好意に甘え送り狼よろしく彼女の部屋へと上がり込むことになった俺は、日に焼けた畳の上でインスタントコーヒーをAと並び飲みながら外降る雨音に誘われるように彼女へと唇を重ねた。
シ「…ごめん」
「…いいよ」
それが免罪だったのか許容だったのか、どちらだったのかわからない。
再度口付けて押し倒した俺をそのままに受け入れ、「夜に見る雨が好き」だと語った彼女はその好意を伝えることも出来ぬまま春の雪解けとともにバイト先をそっと辞め俺の前から姿を消した。燃え上がることも、消え落ちることも出来なかった俺の心は、今もまだ燻ったままあの夜を彷徨っている。
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月雲(プロフ) - coyumaさん» coyumaさん、読んでくださってありがとうございます。柔軟な包容力で愛してくれそう、と書いたのでそれが伝わって嬉しいです。また来年もお付き合いくださいね。 (2019年12月31日 0時) (レス) id: 27315dcb3c (このIDを非表示/違反報告)
coyuma(プロフ) - モトキくんの柔らかな包容力を堪能できました!ほろりと幸せな気持ちになれました。 (2019年12月30日 16時) (レス) id: 96592c7e36 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:月雲 | 作成日時:2019年6月19日 23時