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「…先生」
翔「お得意のセンチメンタル？」
呆れ顔の先生が、用具室の真ん中で振り向いた私の方に歩いて来る。
「…なんで」
翔「思ったより列席者が多くなって体育館のレイアウト変更するとかふざけたこと言われてこっち来たら、神妙な顔して裏口入ってく不良生徒が見えたから」
「……」
翔「思い出にでも浸ってました？」
ネクタイを外して、真っ白なYシャツの袖を肘まで捲ったスーツ姿で。
跳び箱に浅く凭れた先生が、ふんって鼻を鳴らす。
「…浸ってました」
翔「メロドラマ好きだからな」
「先生に逢えるのは、今日が最後だから」
翔「あ？」
「生徒として "櫻井先生" に逢えるのは…今日が最後だから」
翔「……」
この大切な1日を、少しでも先生を思い出して、過ごしたかったんです。
翔「じゃあ、最後にまたせんせーとイケナイことでもする？」
「えっ」
翔「まぁ俺は未成熟児の制服姿になんてなんの未練もねーけど」
「…っ」
翔「卒業式前に、朝っぱらからやるってのは多少燃えるよね」
「っ!? 先生っ」
翔「なに」
「なにじゃありませんっ」
先生の "イケナイコト" のレベルが、私の予想を遥かに超えていますっ。
翔「ここならちょっとぐらい声出してもバレねーだろ」
「はっ!?」
翔「お前結構うるさいからね」
「ちょっ、先生っ」
翔「なんだようるせーなデカい声出すな下に聞こえる」
「…っ」
翔「そんな声出すならしてやんねーよ？」
「しませんっ」
そんな声が出ようが出まいが、今そんなことしたら私は式に出られませんっ。
翔「…相変わらずめんどくせーガキだな」
はぁっとだるそうにため息をついた先生が、棒立ちしてる私の腕を掴んで。
ぐいっと引き寄せられた身体が、先生の足の間にとんっと収まる。
―― "めんどくせーだけの女は、いらねんだよ"
まだなにも知らなかった私がここで聞いた、先生の冷たい声。
同じ言葉でも。
同じだけ、めんどくさそうでも。
その裏側にある優しさも誠実さも、今ならわかる。
「……」
翔「…なんだよ」
「先生…」
目の前に立つ私の腰に、ゆるく腕を回して。
だるそうに片方の口角を上げて私を見る目が、ふっと色っぽく揺れる。
翔「…キスしたくなった？」
跳び箱に凭れたまま、首だけ伸ばした先生の唇が。
ふっと斜めに傾いて、私の唇に触れた。
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作者名：あげは
| 作成日時：2016年7月6日 1時
