男装生活とその日常について２ (ページ38)

今日:88 hit、昨日:130 hit、合計:874,211 hit

２ページ38

.

出てくれないのならそれでいい。

誰かに手を伸ばしたという事実だけでも、ほんの少し救われるような気がするから。

Aヒョンはもう寝ているだろうか。

こっちに来る前、作業も一段落ついたと言っていた気がする。

忙しくなければ規則正しい生活を心がけるあの人だから、キーボードとマウスの音がうるさいあの部屋でとっくに寝てしまっているんだろう。

朝起きて確認するだろうか、しないかもしれない。

ミンギュ辺りに促されてやっと気付くのかな。

Aヒョンはオレが忙しい事も解ってるから遠慮するだろうし、きっとあっちに帰ってから謝られるんだ。

そもそもほとんど自分からアクションを起こすような人じゃない。

でも、それでも、こっちにいる時に電話を掛けるのは初めてだった。

だからこんなに良い訳ばかり並べて、ヒョンが電話に出ない事ばかりを想像して、どこからかやってくる虚しさに予防線を張る。

いっその事出てくれない方が気が楽だ。寝てろ、寝てろ。

そうやって心の中で念じていたのに、コール音は四回目を迎える前に途切れてしまった。

『ミンハオ』

どきりと心臓が音を立てる。

一瞬だけ止まった息を吐いて、耳にスマホを押し当てた。

声を聴くのは何日ぶりだっただろうか。

電話越しのAヒョンの声はいつもと変わらない。二人で居る時の穏やかな声色をしている。

「Aヒョン、こんばんは」

『そっちから電話を掛けてくるのは初めてだね』

「……ヒョンも珍しいね、ちゃんと電話に出るの」

『持ってたらいきなり光り出したから』

「そう」

Aヒョンの、ひそかに吐息の混じった笑い声が機械越しに聞こえてきた。

『そっちとこっちって時差あったっけ？』

「うん、一時間だけ。ヒョン達はもう日付が変わったでしょ？オレ達はもう少しかかりそう」

『不思議だねぇ』

「近いようで遠いんだよ」

『そうかな。そんなこともないと思うけど』

「どうして？」

『さあね、時間が違ってもこうやって話が出来るからかな』

「オレはすごく遠くに思うよ」

.