検索窓
今日:31 hit、昨日:14 hit、合計:80,489 hit

ページ43

「……寒いですね」


彼女はあのときと同じ言葉を溢した。2回目とは言えど、好きだと確信した今だからか心拍数が上昇する。しかしそれ以上に彼女がちゃんとすがってくれたことが嬉しくて、三ツ谷は少しぎこちない動作で迷わず彼女を抱き締めた。


夏の夜という暑いような涼しいような気候の中、少し震えたAの体温はお世辞にも温かいとは言えず。それだけ待たせてしまったことが申し訳ない反面、自分の腕の中に彼女がいるという事実に優越感が湧く。そりゃ現在進行形で耳は熱いけれど。


彼女の涙が三ツ谷の浴衣を少しずつ湿らせてゆく。それでもいい。彼女が彼だけが知る(にのまえ)Aでいてくれるのは今だけなのだから、それすら自分だけのものなんだ。


「ごめんな……」


「一さんが謝ることなんてねぇよ。オレも変なこと聞いたし、おあいこだろ?」


「……優しすぎるやろ……」


自身の背にまわってきたAの手に応えるよう、巧く加減をしつつ腕に力を籠めた。彼女は恐る恐るといった様子でゆっくりと口を開く。


「私、根っからのオタなの」


「楽しそうだよな」


「否定されたくないの」


「オレが肯定するよ」


「できることいっぱいあるの」


「すごいよな」


「いつも我儘ばっかりなの」


「応えてあげるよ」


「口悪いし方言直せないの」


「そのままで良いよ」


「……三ツ谷君がいなきゃ嫌なの」


「……オレも」


彼女へ返す言ノ葉がスッと口から出てくる。まるで初めから用意されていたかのように、当然のように。脚本に刻まれた1つの台詞のようにも思えるそれは恐ろしいことに全て本心だった。


三ツ谷の、密かな独占欲という本心。笑えてくるようなものだが、自覚してしまえばそうもいかないらしい。


Aの求める全てを与えるのは自分がいいなんて。


「……ありがと。だいぶ落ち着いたよ」


「なら良かった。……紐、緩んじゃったな」


緩んでほどけかけてしまっている彼女の袴風スカートの紐を結び直す。空模様はとっくに紺色で、花火の打ち上げも間近といったところか。さすがにそろそろ戻らなければならない。


今度はAを離さぬように彼女の手を引き、人混みの中を三ツ谷は歩き始めた。彼女が何かに気づいたことなど知るよしもなく。

*→←*



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 9.9/10 (114 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
431人がお気に入り
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

匿名希望:我妻さん(プロフ) - runaさん» ありがとうございます! (2021年8月26日 13時) (レス) id: 590a3884b3 (このIDを非表示/違反報告)
runa - お忙しい中三ツ谷君視点も書いていただきありがとうございます。とっても美味しいです(???) (2021年8月26日 11時) (レス) id: 318f1a5b3c (このIDを非表示/違反報告)
匿名希望:我妻さん(プロフ) - 宿題がっ…………済まない………だと……?数日間更新しないかもしれません (2021年8月23日 19時) (レス) id: 590a3884b3 (このIDを非表示/違反報告)
匿名希望:我妻さん(プロフ) - インパルスって描くの大変すぎません?難しいんですけど…… (2021年8月11日 17時) (レス) id: 590a3884b3 (このIDを非表示/違反報告)
匿名希望:我妻さん(プロフ) - 彼が語る、幸せな世界線の物語。 (2021年8月8日 2時) (レス) id: 590a3884b3 (このIDを非表示/違反報告)

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:匿名希望:我妻さん x他1人 | 作成日時:2021年8月8日 1時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。