【東卍】好きだから、近付かないで。【柴八戒】 (ページ6)

今日:16 hit、昨日:3 hit、合計:6,998 hit

よんページ6

「おかえり、A」

玄関の向こうにあるキッチンから聞き飽きた兄の声。６時近いので夕飯の支度をしてくれているのだろう。

「今日は麻婆豆腐な。予定より早くできっから部屋引きこもんなよ」

「わかってるよママ」

「ママじゃねぇ」

ママ、もとい兄の言葉を聞き流して自室の扉を押す。ドサッと重たい学校指定の鞄を床に下ろせば肩の荷も物理的に軽くなって、黒のセーラー服を脱ぐ手も楽になった。

脱いだ上下はハンガーに掛けて吊るす。代わりに上からお古の灰色パーカーを羽織ってダイニングへと向かった。兄のことだからズボン履けとまた言うのだろうけど、スパッツでまだ事足りる気温。暑くも寒くもない。

「ほらAチャンはすぐ戻ってきましたよー」

「おぉ、偉い偉い。けどお前ズボン履けって言ってるだろ」

「寒くないし大目に見てよ、童貞じゃあるまいし」

「どこでそんな言葉覚えてくんだよ……」

「本。ねぇ兄さん私の携帯どこ置いてる？」

「携帯？お前友達いたの？」

「早く答えろ失礼だな」

「悪かったって、そこの棚の上だよ。充電切れてるかは知んねぇけどな」

ほら、と兄が親指で指す高い棚の上には確かにAの黒い携帯がある。充電ケーブルは刺さっておらず充電があるかはまさしく不明だ。

しかし置き場所は確認できた。兄特製の皮肉にも美味しい夕御飯の後に通知共々確認しておこう。せっかく教えてくれたのなら返すのが誠意というもの。実際、直接話すことができない彼と言葉のやり取りをする機会ができるのは嬉しいことだし。

(何、送ればいいかな……)

「つぅか急にどうしたんだよ。お前あの子……高野ちゃんだっけ、ともメールしてねぇんだろ？まさかコレ？」

ひらひらと親指を立てて揺らす兄。そんな族っぽい表し方をしないでくれと内心思ったが、Aがとやかく言える身ではないのも事実であえて何もツッコまない。

「いや、そうかもしれないけど多分違う」

「多分！？コレに多分とかあんのか！？」

「そんなこと言われたって多分としか言えないよ。……もういいでしょ、麻婆豆腐は？」

「はいはいわかりましたよお嬢様。ご所望の品はこちらにございますって」

コト、と机に置かれた大きい皿を横目に一つ溜め息をつく。

……親指(カレシ)、か。事実上はそれに近いのだろうけど、それを承諾したとは恐らくお互い思ってない。"近付かないで"と頼んだのもあって余計にそうだろう。あぁ、面倒臭いことをした。