ふたり(橙) (ページ19)

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"あとさAさん"
「何ですか？」

"その敬語、いつになったら取ってくれるん？"

どこか拗ねたような、お願いされているような言い方にドキッとする。

「えっ？」
"俺ずっと待ってんねんけど"
「でも…向井さん年上ですし、」
"でも彼氏やろ？"

彼氏、というワードのパンチが強くてまだ慣れない。

"…ダメ？いや？"

急に繰り出される、弟のような小犬のような声。

「ダ、ダメじゃないです！」
"…です？"
「…ダメ、じゃないよ」

そう返すと、またふふっと微笑まれたのが分かった。

顔は見えないのに何だかとても恥ずかしい。

「あの、向井さん」
"ん？"
「向井さんは、よく実家帰ってま…帰ってる？」

つい敬語が出そうになる。

"実家？おん、この前のGWも帰ったで"
「そうなんだ」
"実家帰ったらさ、いっつもたこ焼きせんべいが置いてあんのよ。大阪帰って来たなーって俺が思うようにおとんが買ってるねん"
「たこ焼きせんべい？

私の実家にもいつもある」

"え！ほんま？"
「うん。だからびっくりした」
"でもAさん実家関西ちゃうやんな？あれか、ご両親が大阪やからか"
「だと思うけど、でも何でいつも置いてあるのか急に気になってきた」

お母さんは何で常備してるんだろう。

"Aさん実家帰んの？"
「うーん…帰って来いって言われてるんだけど、なんせ無職だし色々言われそうで」
"そっか。肩身狭く思う必要は全くないけど、心配なんやろな"

私を全否定しないからか、向井さんに心配と言われるとなぜか心にスッと入ってくる。

「じゃあ私、そろそろお風呂行くから切るね」
"そっか。ほなね"
「ありがとう。おやすみなさい」
"うん。おやすみなさい"

最後の言葉から少し時間を置いて、ようやく電話を切る。

声を聞いただけで満たされた気持ちになった。