ふたり(橙) (ページ1)

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(You side)

「これもやっといて」

悪気も申し訳なさもない声と共に、ドンと置かれた分厚いファイル。

「はい」

何も感じちゃいけない。無心でいる。

それが自分を守る術だということは、この会社で学んだ。

正面のデスクの先輩が辛うじて、私を心配そうに見つめてくれる。

でもその本人の机にも大量の資料。

彼を含めみんな余裕がないのが分かってるから、私は何とか会釈した。

.

会社を出たのは明け方。

自宅の最寄り駅へと向かう始発の電車の中で携帯を見ると、相変わらずの着信履歴に思わずため息が出た。

「お母さん…」

私が3歳の頃に離婚したらしく、お互いがたった一人の家族だからか、心配性でどこか過保護なところがある。

就職を機に上京して一人暮らしをしたいと言った時も、心配から反対された。

でも、その反対が正しかったのかもしれない。

今の私は、自分が望んだ人生を少しでも生きていけてるんだろうか。

最寄り駅に着く。

数時間後にはまた仕事に行かなきゃいけない。そんな会社と家を往復するだけの毎日。

でも、駅から家に帰ってまた向かう、その移動がもう辛い。

帰るか帰らないか。

疲弊した頭で考えていると、川沿いの桜並木が目に入った。

七分咲きの桜に誘われたみたいに、無意識に体がその方向へ向かっていった。

年々開花が早まっているらしい桜を見つめる。

綺麗だな。

この桜は自分の前を歩く人々を、どんな思いで見つめているんだろう。

そんなことを考えていると、

.

ーカシャ

そんな、澄んだ音が聞こえた。