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『ん…はよー…』
「はよ」
さとみはAの顔を見ずに返事した。
Aの顔を見る勇気はなかった。
「体調は大丈夫か?」
『お陰様で。ベッドさんきゅ』
さとみは下に視線を向けていたが、Aが笑ったことが声で分かった。
「お前のせいで背中痛い」
『お前のおかげで超快眠』
Aはさとみの言い方をふざけて真似してさとみをイラっとさせた。
『うちのよりよっぽど良いベッドだったわ』
「お前どんだけヤバいベッドで寝てるんだよ…」
さとみのベッドは普通のベッドだ。強いて言うなら少し高めと言うだけで。
『僕布団で寝てるからね』
「マジかよお前」
『マジだよ。特に枕の洗濯のしやすさが1番』
Aは毎晩泣いているから枕は定期的に洗わないといけないのだ。
だがさとみはそんなことは知らない。
「そういえばお前風呂入ってないから入ってこい。着替えあるだろ?」
『あ、入って良い感じ?おけ入ってくるわ』
「お前男の家の風呂に入んのに抵抗感とか一切ねえの?」
風呂場に歩いて行くAの背中にツッコミを入れると振り向かずにAは肩をすくめて言った。
『最初で最後の経験だからね』
Aがなんの感慨もなくサラッと言った言葉でさとみは頭が痛くなった。
Aは本気で言っているんだと実感させられたから。
分かっていたつもりだったが本人から改めて聞くと辛かった。
さとみはAがリビングからいなくなったのを確かめてため息を吐いた。
「アイツ本当に…」
さとみはこれ以上は声にできなかった。喉に熱いものが込み上げてきているような感じがした。
さとみは目を閉じた。こぼれないように。
ニャーと鳴き声をあげて膝に乗っかってきたミミを優しく優しく撫でた。
Aとの約束を破る気はない。Aが死ぬなら俺も死んでやる。理由もちゃんとある。
スキャンダルだろうがなんだろうが引退しているんだ、好きにして何が悪い。
心臓が強く脈打っていた。
残りの寿命を察知してそれまでの鼓動を打ち終えようとしているようだった。
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作者名:める | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/n15a76543b1
作成日時:2024年1月11日 7時