＊２６＊ ページ26
「やっとフラれたか」
マスターは面白そうな口調で言った。
カウンター席の隅っこでカメラを磨いていた俺のどこをどう見てそう判断したのかは分からないけど、俺はハッキリと言い返す。
「フラれてねぇ」
「じゃあなに、その暗い顔は」
「べつに。ちょっと考え事」
"困らせるだけだよ"
ユキの言葉がまだ頭の中にチラついていた。
「はぁ…」
そんなに俺の様子がいつもと違っていたのか、マスターは溜め息を一つ吐いた。
「あのさ」
「なに」
「Aのこと…本気か？」
「突然なんなの」
「本気かって聞いてんだよ」
つい最近も聞いた気がするその質問。
「本気だよ」
俺の答えは変わらない。
それなのに、
「まぁ、あそこまで綺麗で？婚約中っていう障害があって？興味を持つ気持ちは分かる」
マスターはこの恋を認めなかった。
「だけどな、カズ。少し冷静に考…」
「これは、」
「…」
「"ごっこ"じゃない」
「…」
「真剣にAさんのことが好きなんだよ」
俺とマスターしか居ないこの店内に、しばらく沈黙が続いた。
＊＊＊＊＊
沈黙は破られないまま、閉店時刻が近付いていた。
Aさんと行った海での写真…何度見返しただろうか。
驚くほど飽きなくて、驚くほど会いたくなる。
あぁ…今何してるんだろう。
そんな事をぐるぐる考えながら鞄に写真をしまい込んで、
「…ごちそーさま」
そろそろ帰ろうかと、席を立った時だった。
_＿"カランカラン…"
響き渡るドアベルの音。
「翔ちゃん………？」
その人を呼ぶ、マスターの声。
その瞬間俺の心臓はざわざわと騒ぎ出して。
俺はまた、腰を椅子へ下ろした。
「…久しぶり、智くん」
翔ちゃんと呼ばれたその男性は温みのある声で言った。
「言われた通り帰ってきたよ」
スーツを着こなし、手首には高そうな腕時計を付けている。そして、一瞬見えた薬指に光るもの。
その人は紛れもなく…俺の好きな人の婚約者だった。
なんで彼がAさんの婚約者だと分かったかって、それは……
「お、おぉ…あれ？来月…じゃなかった？」
マスターが面白いくらいに動揺しているからだ。さらには、
「Aが寂しがってるっていうからさ…早めにね？」
さらっと出た彼女の名前。
これで確定だ。
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作者名：ミト
| 作成日時：2017年5月22日 18時
