32.意識 ページ32
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「Aちゃんにしか言わない」
こちらを見下ろす角名くんの瞳から目が逸らせなかった。
心の奥に隠しておいた感情が込み上げてきて、
わたし…と何か言葉を口にしかけたとき、
「すなぁーー」
下の方からのんびりとした低い声が聞こえた。
お互いの手が名残惜しそうに離れる。
覗き込むように声がしたほうを見下ろすと、
治くんがこちらを見上げながら大きく手を振っていた。
「次Ａコートの審判してくれへん？」
「え、治しないの？」
「俺つぎ試合なんよ。こっちのコートは銀が審判するし」
「ふーん。…分かった」
少し間をあけて角名くんが頷く。
治くんは軽く手を振ると、どこかへ行ってしまった。
「ごめんね、解説できなくなっちゃった」
「ううん。全然大丈夫」
「ん。じゃあ行ってくるね」
「うん……ばいばい」
小さく手を振って、少しずつ離れていく猫背ぎみな後ろ姿。
その姿が見えなくなってから、
手すりに全体重を預けて、ん〜と唸った。
なんとなく、自分の気持ちの変化には気づいていた。
気づいていたけれど意外と頑固らしい私は、
それを必死に隠していた。
いとも簡単に心の中に入ってきた角名くんが、
あまりにも自分の弱い所を突いてくるから。
なんか悔しくてイヤだった。
ちょろい女だと思ってしまいそうで。
「………なんて可愛くない」
はは、と笑いながら小さく呟いていると急に周りに人が集まってきた。特に女子生徒たちが。
何だろう？と真下のコートを見ると、
ネットを挟んで宮兄弟がなにやら睨み合っていた。
どうやら侑くんの対戦相手は、
治くん率いる1組男子のグループだったらしい。
そんな注目の一戦の審判をするのは銀島くんで。
何やら二人に対して大声で注意している。
ふと視線を動かすと隣のコートへと歩いていく角名くんと目が合った。
軽く手を振られて、小さく手を振り返す。
手があつい、心臓がうるさい、表情が緩む。
もう何にも言い訳できないや。
目の前の白熱した双子の試合より、
気怠けに審判をするその後ろ姿にばっかり目がいく。
私は、角名くんのことが好きだ。
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作者名：. | 作成日時：2020年1月29日 23時
