６話 ページ6
そんなわけで、Aはこれが絶好の機会だとは気づかぬまま悶々と日々を過ごしていた。ゾルディック家の長男様の目に自分などが留まるとは思えないにしても、万一のことを考えては枕に吐息を押しつける夜を何度も送った。
その万一が、とうとう起きてしまう。
小料理屋「桔梗」の営業時間は十二時から九時までだ。定休日は毎週水曜日。あまり遅くまで開けているとAの負担が大きいので、閉店時間は少し早い。十九歳の少女がたった一人で切り盛りしているわけありな店であるから、客もみな早めの店じまいについて文句はない。今日も変わらずいつもの時刻に店を閉め、皿を洗いながら明日の料理の仕込みのことを考えていた。
そんな折、店の奥で固定電話が鳴った。途端、Aの顔つきが「小料理屋の若女将」から「若き暗殺者」へと変貌する。「桔梗」の電話は調理場のすぐ横に置いてあるもので、店の奥、Aの居住スペースと店舗スペースを繋ぐ廊下に設置された今鳴っている電話は、暗殺業の連絡用だ。こちらの番号を知る者は限られている。何しろ、両親を一度経由してからでないと繋がらないのだから。
洗いかけの大皿をシンクにおいて水を止め、常に持ち歩いている手巾で水気を拭く。草履の音もなく廊下に入り、五回めのコールを鳴らす電話を持ち上げた。
「はい。こちら、『殺生小町』でございます。ご用件は何でしょう」
父に勝手につけられた暗殺者としての名を名乗ると、電話口からは信じられない言葉が聞こえてきた。
『こんばんは。私、ゾルディック家当主の妻です』
上品そうな声色からは想像もつかない台詞に、あと少しで受話器を取り落としてしまうところだった。聞き返すこともできずあんぐりと口を開けて呆然としているAを知ってか知らずか、とんでもない架電者は返事を待つことなく続けた。
『先日頂いたお写真、拝見しました。息子が是非あなたにお会いしたいとのことなので、もしよろしければ、来週こちらにお越し下さらないかしら』
「ら、来週ですか。少々お待ち下さい」
保留ボタンを押し、こちらの音を遮断してから大きく息を吸う。まさかの事態だ。心配していたとはいえほとんど杞憂のようなものだったのに、本当に声がかかるとは思うまい。予定を確認するふりをして悩んではみるが、答えは既に出ているといっても過言ではなかった。
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神崎コノハ(プロフ) - 凄く好きです (2019年7月9日 23時) (
レス) id: b4ffd0544a (このIDを非表示/違反報告)
ゆづき(プロフ) - 白ウサギさん» コメントありがとうございます！文が冗長になってしまう癖があるので、お褒め頂きとても嬉しいです。ご期待に添えるよう頑張ります！ (2018年12月16日 23時) (レス) id: e4f486b00d (このIDを非表示/違反報告)
白ウサギ(プロフ) - はじめまして！面白くて一気読みしてしまいました。落ち着いていて、すんなりと読むことができる文章、素敵ですね。これからも頑張ってください。続きを楽しみにしています。 (2018年12月15日 13時) (レス) id: b629e84f8a (このIDを非表示/違反報告)
ゆづき(プロフ) - アオクサさん» コメントありがとうございます！読みにくくはないかといつも不安になりながら投稿しているので、読みやすいという言葉はすごく嬉しいです。アオクサさんもイルミ落ちで書いておられるのですね！応援のお言葉に応えられるよう頑張ります！ (2018年11月14日 14時) (レス) id: e4f486b00d (このIDを非表示/違反報告)
アオクサ - コメント失礼します。ツクールではあまり見られない文体ですが、とても読みやすくスッと入ってきます！私なんかには真似できないです……。夢主さんが愛らしいです。同じイルミ落ちのツクール作品を書いている身としては一番好きです、応援しています。 (2018年11月13日 22時) (レス) id: a5e6fd18d7 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：ゆづき | 作成日時：2018年8月19日 3時
