４２話 ページ42
「イルミ様。お帰りなさいませ」
鍋の下準備はほとんど終わった。後はイルミの到着を待ち温めるだけだ。そういう頃合いに、折良くイルミが帰ってきた。Aの出迎えに「うん」とぞんざいな返事だけを返して、テーブルに並ぶ食器類と調理しかけの鍋を一瞥する。
暗殺を、つまりは人を一人殺す仕事の後だというのに、その顔には一縷の疲労も見えず、平素と何ら変わりない無表情が乗っている。流石の仕事人らしさにAはこっそりときめいたりなんかしていた。
──ゆえに、反応が遅れた。
「イルミ様。……こちらは何の冗談でございましょう？」
まな板に置いていた包丁を取るさりげない手つき。首元によく研がれた刃が添えられるまで感じさせもしなかった殺意。キキョウが先ほど見せた「分かってもらうための殺意」ではないため当然といえば当然だが、Aとて鍛錬を積んだ暗殺者である。こうも無防備に命を取る寸前まで接近させてしまったことを、相手がいくら思い人であろうと恥じざるを得なかった。
しかし、しようと思えばできたろうに、イルミはその包丁をひと思いにAの首に突き立てはしなかった。ということは会話の余地はある。そう判断し、Aは問いかけた。返ってきた反応はひどく淡泊であった。
「へえ、動じないね」
「さて、何のことでしょうか。わたくしはイルミ様に何一つご迷惑をかけてはいないはずですが……この包丁を下ろしては頂けませんか？ わたくしとて、夫に命を握られている現状は胸中穏やかではありませんので」
イルミにあれだけの恋慕を示し、国を離れてまで嫁いできた相手に明確な殺意を向けられようと、Aは一切動揺を見せなかった。別に悲しくないわけではない。つらくないわけがない。けれど心当たりがないのだから、こう言う他ないだけである。そもそも泣き落としが通じる相手でもあるまいし、無駄な行いはしないに限る。
「ああ、そうだね。迷惑
弁当とは、勿論今朝渡したあの巾着のことであろう。あの中にはAお手製のお握りが二つ入っていた。
具材が気に入らなかった、ということでもあるまい。好き嫌いはないと聞いているし、この雰囲気でそうだとしたら逆に怖い。一体何がお気に召さなかったのか。
しばし考え、原因に思い当たり、Aはその白い頬を真っ赤に染めた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 543人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「HUNTER×HUNTER」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
神崎コノハ(プロフ) - 凄く好きです (2019年7月9日 23時) (
レス) id: b4ffd0544a (このIDを非表示/違反報告)
ゆづき(プロフ) - 白ウサギさん» コメントありがとうございます！文が冗長になってしまう癖があるので、お褒め頂きとても嬉しいです。ご期待に添えるよう頑張ります！ (2018年12月16日 23時) (レス) id: e4f486b00d (このIDを非表示/違反報告)
白ウサギ(プロフ) - はじめまして！面白くて一気読みしてしまいました。落ち着いていて、すんなりと読むことができる文章、素敵ですね。これからも頑張ってください。続きを楽しみにしています。 (2018年12月15日 13時) (レス) id: b629e84f8a (このIDを非表示/違反報告)
ゆづき(プロフ) - アオクサさん» コメントありがとうございます！読みにくくはないかといつも不安になりながら投稿しているので、読みやすいという言葉はすごく嬉しいです。アオクサさんもイルミ落ちで書いておられるのですね！応援のお言葉に応えられるよう頑張ります！ (2018年11月14日 14時) (レス) id: e4f486b00d (このIDを非表示/違反報告)
アオクサ - コメント失礼します。ツクールではあまり見られない文体ですが、とても読みやすくスッと入ってきます！私なんかには真似できないです……。夢主さんが愛らしいです。同じイルミ落ちのツクール作品を書いている身としては一番好きです、応援しています。 (2018年11月13日 22時) (レス) id: a5e6fd18d7 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：ゆづき | 作成日時：2018年8月19日 3時
