３１話 ページ31
パドキア共和国の食事は味が濃いものが多い。周辺国家に比べて気温が低く、時には雪が降るこの地域では、かつて保存食として味付けの濃いものが冬の食卓に並んでいた。それが現代まで受け継がれ、パドキアの伝統料理と呼ばれるものは基本的に塩気が強い。
そういう味に舌が慣れたイルミは、薄味の料理をおいしいと思った体験は少ない。そもそも食に対して際立った趣味もこだわりもなくゲテモノだろうが平気で食べる男だ。それ以前に、ゾルディック家では修行の一環として毒物を日常的に摂取する。味にどうこう言っている暇があったらいかにして毒を攻略するか、そちらに神経を割いた方がよほどいい。
そんなイルミが食事をおいしいと思いながら摂った数少ない経験の一つこそ、一年前のジャポンでの外食──つまり、Aの店で出されたワショクとかいう伝統料理である。単に食べ慣れない味で、他に類似した料理もない独特のものだったため物珍しさが先行していたと言われたらそれまでだが、もしあの場にキキョウがいたのならイルミの箸の進みが早いことに驚いただろう。高級食材をふんだんに使用した贅沢なコースを作業のように淡々と食べ進めるあのイルミが、と。
しかし、つい先日まではただそれだけのことであった。辺境の地で何かおいしいものを食べた記憶がある。また通りかかる機会があれば寄ってもいいか。そう考えながら、帰国した時には店の場所すら覚えていないような、ごく軽い小さな認識でしかなかった。だが今はAがいる。イルミをもってして味覚に訴えかける素晴らしい料理を作ることのできる希有な存在が、あろうことか嫁として台所に立っている。
「イルミ様。ご足労頂きありがとうございます。こちらにどうぞ」
着替えを済ませ、ノックだけで彼女の部屋に入ると、出汁の優しい香りがふんわりと鼻腔を撫でた。香辛料のきついにおいが蔓延するキッチンとは大違いだ。同じことをしているのにこれほどまでに違いが出るものかと、未だ見ぬ文化に多少の感嘆を覚える。
特に断りもなく平然と女性の部屋に入ってきたイルミを咎めもせず、むしろひどく嬉しそうな口調でAはテーブルの一席を手の平で指した。ご足労？ たかだか数歩の道のりを来てやっただけだ。イルミが誘いに乗ってくれたことがそんなに嬉しいのだろうか。少しだけ考え、当たり前かと一人納得した。彼女から寄せられる思いはこの数日で嫌というほど受け取っている。
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神崎コノハ(プロフ) - 凄く好きです (2019年7月9日 23時) (
レス) id: b4ffd0544a (このIDを非表示/違反報告)
ゆづき(プロフ) - 白ウサギさん» コメントありがとうございます！文が冗長になってしまう癖があるので、お褒め頂きとても嬉しいです。ご期待に添えるよう頑張ります！ (2018年12月16日 23時) (レス) id: e4f486b00d (このIDを非表示/違反報告)
白ウサギ(プロフ) - はじめまして！面白くて一気読みしてしまいました。落ち着いていて、すんなりと読むことができる文章、素敵ですね。これからも頑張ってください。続きを楽しみにしています。 (2018年12月15日 13時) (レス) id: b629e84f8a (このIDを非表示/違反報告)
ゆづき(プロフ) - アオクサさん» コメントありがとうございます！読みにくくはないかといつも不安になりながら投稿しているので、読みやすいという言葉はすごく嬉しいです。アオクサさんもイルミ落ちで書いておられるのですね！応援のお言葉に応えられるよう頑張ります！ (2018年11月14日 14時) (レス) id: e4f486b00d (このIDを非表示/違反報告)
アオクサ - コメント失礼します。ツクールではあまり見られない文体ですが、とても読みやすくスッと入ってきます！私なんかには真似できないです……。夢主さんが愛らしいです。同じイルミ落ちのツクール作品を書いている身としては一番好きです、応援しています。 (2018年11月13日 22時) (レス) id: a5e6fd18d7 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：ゆづき | 作成日時：2018年8月19日 3時
