４話 ページ4
都心と住宅街の隙間のような立地にひっそりと建った、木目の美しい外観が特徴の小さな店。そこがAの城であった。血なまぐさい裏社会から遠く離れた平和な小料理屋は、価格の安さ、店主の愛想と見目のよさが評判になり、開店して数ヶ月、早くも席がいっぱいになるほど盛況していた。このご時世、ここまでの客入りはありがたい。家には無理を言って開いた店であるから、Aはいくばくか浮き足立っていた。その油断が招いた事件であった。
ある日の夕方のこと。カウンター席の客に注文の品を届けた視界の端に、こそこそと出口に向かう男の姿を捉えた。小料理屋「桔梗」では、客ごとに伝票をつけて最後にまとめて支払う方式を採用している。そして、Aの記憶にある限りでは、あの男はまだレジで応対していない。
「あの、お客様……」
不審に思い声をかけると、男は舌打ちを一つして脱兎のごとく駆け出した。食い逃げである。Aはどうするべきか判断しかねて、その場に立ち尽くしてしまった。Aの実力であれば男を捕まえることなど容易い。だが、一般人しかいない店内で超人的な力を発揮しては、妙な噂が立って客が来なくなるかも知れない。強さゆえの迷いに動きを封じられてしまい、男はまんまと店外に逃げ出す──その時だ。
がらりと戸が開いて、新たな客が入ってきた。食い逃げ男とぶつかってしまう。「よけろ！」と食い逃げ男が横暴に叫ぶ。たった今入店したその客は、男の言葉に従い体をそらした。と、常人ならばそこまで視認するのが精一杯であろう。
Aは確かに見た。入ってきた客が、食い逃げ男の足を素早く引っかけて転ばせる瞬間を。一見出入り口の出っ張りに引っかかって転んだように見せかけた、鮮やかな悪戯であった。すってんころりん、面白いほど転倒した男を慌てて取り押さえ、常連のお客に警察に通報するよう頼む。元々平和な街なので、暇をしていた警官はすぐに店にやってきて、男を連れて行ってくれた。
その間、捕り物に最も貢献してくれた客は、カウンター席に座ってメニューを眺めていた。全く私は関係ありませんとでも言いたげな顔をしているが、Aの目は確実にこの人の活躍を見ている。しかし当人がそれを言い出さない様子なので、お通しを差し出す際、他の客に聞こえないようこっそりと話しかけた。
「先ほどは、ありがとうございました」
そこで初めて、Aはその男性の風貌をしかと認識したのだった。
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神崎コノハ(プロフ) - 凄く好きです (2019年7月9日 23時) (
レス) id: b4ffd0544a (このIDを非表示/違反報告)
ゆづき(プロフ) - 白ウサギさん» コメントありがとうございます！文が冗長になってしまう癖があるので、お褒め頂きとても嬉しいです。ご期待に添えるよう頑張ります！ (2018年12月16日 23時) (レス) id: e4f486b00d (このIDを非表示/違反報告)
白ウサギ(プロフ) - はじめまして！面白くて一気読みしてしまいました。落ち着いていて、すんなりと読むことができる文章、素敵ですね。これからも頑張ってください。続きを楽しみにしています。 (2018年12月15日 13時) (レス) id: b629e84f8a (このIDを非表示/違反報告)
ゆづき(プロフ) - アオクサさん» コメントありがとうございます！読みにくくはないかといつも不安になりながら投稿しているので、読みやすいという言葉はすごく嬉しいです。アオクサさんもイルミ落ちで書いておられるのですね！応援のお言葉に応えられるよう頑張ります！ (2018年11月14日 14時) (レス) id: e4f486b00d (このIDを非表示/違反報告)
アオクサ - コメント失礼します。ツクールではあまり見られない文体ですが、とても読みやすくスッと入ってきます！私なんかには真似できないです……。夢主さんが愛らしいです。同じイルミ落ちのツクール作品を書いている身としては一番好きです、応援しています。 (2018年11月13日 22時) (レス) id: a5e6fd18d7 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：ゆづき | 作成日時：2018年8月19日 3時
