３０話 ページ30
翌朝。目を覚ましたイルミの嗅覚を優しい匂いがくすぐった。仕事のない日でも決まった時間に起きるイルミの生活に、今までこのような匂いが介在したことはない。少し考え、日常に紛れ込んだ異分子の原因はすぐに思い当たった。先日夫婦となった女──Aの存在だ。
時刻はちょうど朝食の頃合いである。大方、彼女が自室で作っている料理の芳香がこちらまで流れてきているのだろう。ならば自分には無関係だ。そう断じ、イルミはベッドから起き上がって着替えを済ませようとした。その時、タイミングを見計らったようにドアがノックされた。
「イルミ様。Aです」
「……入っていいよ」
たった今関係がないと判断した女の呼び声に、イルミはいささかの疑問を持ちながら入室を許可する。音もなく扉が開き、先日よりは幾分か簡素なキモノを着たAがしずしずと入って来て、ベッドに腰掛けて髪を手ぐしで梳いていたイルミの姿を認め、慌てたように目をそらした。ほんのりと頬が色づいている。
「申し訳ありません、起きたばかりでしたか」
「いや、いいけど。何の用？」
情事の後でもあるまいし、見られて困る何かがあるわけでもない。そこまで過剰に反応されると逆に困惑してしまう。ジャポン人は奥手だからだろうか、難解な民族だ。どこに目を向けたらいいのか定まらないらしく、結局床に視線が逢着したAは、おずおずと用事を述べた。
「その、朝食ができましたので、もしよろしければご一緒して頂けませんか？」
彼女の、それまでの態度からは想像もできない大胆な提案にイルミは少しばかり驚いた。しかしまもなくキキョウの入れ知恵だろうと確信した。数日前、飛行船でお互い幾ばくか気まずい雰囲気を残しているのだから、それを勘の鋭いキキョウが察しないわけがない。Aが全て話して、仲直りのきっかけにと、この食事会を吹き込んだのだろう。
そもそも、あれだけイルミの言うことを忠実に聞こうとしていたAが、自らイルミの生活に介入してこようとするとは思えない。十中八九流されてやったと見えて、事実、思案し黙ったままのイルミにひどく不安そうな表情をしている。もしも断ったのならば、あの細首をしゅんと項垂れて、謝罪をして部屋に帰っていく様が目に見えるようだ。
「分かった。着替えてから行くから、待ってて」
あとでキキョウにどうこう言われるのも嫌だから。どこか言い訳がましい思考を胸中に浮かべながら、イルミは立ち上がった。
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神崎コノハ(プロフ) - 凄く好きです (2019年7月9日 23時) (
レス) id: b4ffd0544a (このIDを非表示/違反報告)
ゆづき(プロフ) - 白ウサギさん» コメントありがとうございます！文が冗長になってしまう癖があるので、お褒め頂きとても嬉しいです。ご期待に添えるよう頑張ります！ (2018年12月16日 23時) (レス) id: e4f486b00d (このIDを非表示/違反報告)
白ウサギ(プロフ) - はじめまして！面白くて一気読みしてしまいました。落ち着いていて、すんなりと読むことができる文章、素敵ですね。これからも頑張ってください。続きを楽しみにしています。 (2018年12月15日 13時) (レス) id: b629e84f8a (このIDを非表示/違反報告)
ゆづき(プロフ) - アオクサさん» コメントありがとうございます！読みにくくはないかといつも不安になりながら投稿しているので、読みやすいという言葉はすごく嬉しいです。アオクサさんもイルミ落ちで書いておられるのですね！応援のお言葉に応えられるよう頑張ります！ (2018年11月14日 14時) (レス) id: e4f486b00d (このIDを非表示/違反報告)
アオクサ - コメント失礼します。ツクールではあまり見られない文体ですが、とても読みやすくスッと入ってきます！私なんかには真似できないです……。夢主さんが愛らしいです。同じイルミ落ちのツクール作品を書いている身としては一番好きです、応援しています。 (2018年11月13日 22時) (レス) id: a5e6fd18d7 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：ゆづき | 作成日時：2018年8月19日 3時
