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日没前なのに電気もついていない薄暗い部屋で、その男は出久を待っていた。
「いやぁ、待たせて申し訳なかったね。緑谷出久くん」
少年のような、老人のような、年齢を定めにくい不思議な響きをもった声だった。縦長の部屋の奥、大きな窓の正面に置かれた執務机の前に、声の主とおぼしき白衣の男が立っている。
適当に切りそろえたようなざんばら髪は、薄暗い部屋でも輝くように白い。血をこぼしたようなどす赤い左目と、ほの明るくひかる乳白色の右目は美しい猫目形だ。薄く筆を引いたような唇は笑み、酷薄そうな、それでいてどこまでも優しい、不思議でいびつな表情を作り出している。
「遅いかも知れないけど言っておこうか。ようこそ、「アザミの家」へ」
腕を広げてのたまう男の姿は、まるで舞台の道化のように、どこか奇妙で、ものがなしかった。
「あなたは……!」
出久は驚愕して、思わず声を漏らした。目の前にいる男が、既に見たことのある人物だったからだ。
「が、学校ですれ違いましたよね! 確か……一ノ瀬くんが転校してきた日……」
そう、翔が雄英にやって来たまさにその日、出久はこの男に遭遇したのだった。翔にワン・フォー・オールの秘密について言及された直後で、混乱の最中にいる時だった。思考が凍りついた状態のまま、出久は雄英の校舎の1年生の教室がある棟に帰ろうとしていた。その途中の渡り廊下で肩がぶつかったのだ。
『あ、ご、ごめんなさ、』
『あァ。いや、こちらこそ』
驚いてとびすさった出久に、相手は気を悪くした風でもなくひょいと片手をあげて立ち去っていった。――その男が今、この施設のボス然として優雅に執務机に腰掛けているのだ……驚かないはずがなかった。
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作者名:紅玉 | 作成日時:2018年11月13日 22時