あなたがいれば (ページ12)

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あの日ページ12

あれは桜が満開に咲く暖かい春の日だった。

春は花粉がすごいし俺にとっては生きづらい季節だけど、

春風が吹いたり体感的に季節を感じられることは嫌いじゃない。

スタジオまでの行き道に大きな橋があり、
そこから川沿いに咲く桜並木を眺めるのが
好きで、

春になるとその橋で少しの間、仕事に向かう前の心地良い一時を過ごす。

だけどあの日は違った。

いつものように桜をしばらく眺めていると、
少し離れた所に誰かいることに気がついた。

何となく横を見てみると俺は目を奪われた。

なぜかというと、その人は静かに涙を流していたのだ。

いつもの俺と同じように桜を眺めながら。

横顔美人という言葉がしっくりくる美しい
女性。

春らしいフレンチコートを着て、春風が髪をなびかせる。

それはまるでドラマに出てくる登場人物。

こんなにも美しく泣く人がいるものかと少しの間、時間が止まったように見とれていた。

すると彼女は視線を感じたのか俺の存在に
気づき、さっと涙を拭いて行ってしまった。

『あっ、、』

俺は言葉にならない声を出し、早歩きで歩く彼女の後姿を見つめることしかできなかった。

彼女に何か悪いことをしてしまったのかと思う程、逃げるように去ってしまった。

ふとスマホの時計を見ると、彼女にみとれてだいぶ時間が経ってしまっていたことに気づき、早足でスタジオに向かった。

『おはようございまーす』

｢うわっ康平が俺よりも遅いなんて、！｣

と玄に小馬鹿にされる。

『あぁちょっと朝に…ね、』

｢お？お？康平くんにも春が来ましたか？｣ﾆﾔﾆﾔ

『ちげーよっ、
ただ…ちょと気になる人見つけただけ、』

｢ふ～ん｣

説明してもまだニヤけた顔で俺を見てくる。

こいつ全然信じとらんな。

そう言いながらも俺はその日一日、朝見た
彼女の横顔が頭から離れなかった。

｢なんか今日の康平おかしくね？｣

｢うん、珍しく心ここに在らずって感じやな｣

そんな隆太と宏和の会話も耳を通り抜ける。

その夜、帰り道に朝来た橋を渡ると、
ふとあの光景が脳内に再生された。

立ち止まり、そよ風で揺れる桜並木を見る。

今日の朝のことなのに、ふわふわしていて
夢を見たかのような不思議な感覚。

これが俗に言う一目惚れってやつなんやろか、

まさか、なんて思いながら家路に着いた。

これがAとの出会いだった。